odd_hatchの読書ノート

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S=A.ステーマン「殺人者は21番地に住む」(創元推理文庫)

「霧深いロンドンの街を騒がす連続殺人。犯人は不敵にも、現場に〈スミス氏〉という名刺を残していた。手がかりもなく途方に暮れる警察に、犯人の住居を突き止めたという知らせが入る。だがしかし、問題のラッセル広場21番地は下宿屋なのだ。どの下宿人が犯人なのか? 二度にわたって読者への挑戦状が挿入される、ファン待望の本格長編。」
殺人者は21番地に住む - スタニスラス=アンドレ・ステーマン/三輪秀彦 訳|東京創元社

 「六死人」が著者23歳の若書きで、こちらは1939年の31歳のとき。8年足らずとはいえ、小説がうまくなるものだなあ、と関心した。もちろん例によってうまくだまされてしまったくやしさもあるわけで。ヒッチコックに「下宿人」という戦前の映画があるとおもったが、この国でも同じように都市に流入する根無し草の生活を支えて、かつ収入を得る方法として素人下宿というのがあった。この国だとまかないつきの下宿というわけで、すなわちいくつも部屋を持っている大家が部屋ごとに多くは独身の下宿人をいれるわけ。たいてい家具付きでかつ朝夜の食事つきであった。下宿人は特に用事がない限り、下宿の食事に参加しなければならず、それは各部屋ではなく食堂で行われ、他の下宿人と顔を合わせ、会話をし、食事後の団欒も共にしなければならないのである。たぶん同じシステムはフランスにもあり、スタンダール赤と黒」、バルザックゴリオ爺さん」に下宿の食事風景があったのを思い出した。ときとして、大家は未亡人であり(夫に死なれて収入がなくなったので、大きな部屋を分割して貸すのだった)、下宿人とラブロマンスの生まれることもある(それが日活ポルノの「未亡人下宿」シリーズである、ちょっと違う)。
 犯人が逃げ込んだ下宿には、老夫婦、ロシアの亡命貴族、独身の医師、インド帰りの退役軍人、どもりのラジオ販売員、インド帰りと称する奇術師、フランスの歴史学者、などいずれも怪しげな連中がいる。警察は、これから下宿に入ることになるフランス人学者をスパイにしようとするが拒絶する。ところが彼はすぐさま<スミス氏>に殺され、フランス語のダイイング・メッセージを残している。そこで警察は直接加入することにして、容疑者を一人逮捕するが、拘留中に新たな<スミス氏>の事件が起こり、容疑者は無実であると知れる。それが3回繰り返され、もう手詰まり状態。すべての下宿人の容疑が消えたことを祝ってか、コントラクト・ブリッジのゲームの最中にある下宿人に天啓が訪れる。しかし、<スミス氏>はその様子を伺い、彼を散歩に誘うのであった。下宿人は命を救うために必死になる。
 このサマリからわかるように、作者は欧米の探偵小説を読み込んでいることがわかる。ダイイング・メッセージに「読者への挑戦」、さらにはサイコパスの暗躍する無差別連続殺人といえば、もうクイーンの世界。ブリッジによる犯人の心理的証拠の獲得というのはヴァン・ダインだ。下宿人の生活の書き込みなどはクリスティとかエリザベス・フェラーズの得意分野。さらに、イギリス人を喜ばすために、登場人物に「蛍の光」「あいつはいい奴だ(モンティ・パイソンの法廷スケッチで歌われるやつ)」などをうたわせる。そんな具合にマーケットを意識したサービスがたくさん。スピーディな展開もあわせて、この作になるとぐっとモダンになっている。解説では、真相をめぐってフェア・アンフェアの論争があったというが、パズラーと割り切ればまあいいんじゃないの、という感想。(ノックスの十戒やヴァン=ダインの20則のように、犯人に対する一定の思い込みを読者はもつものだからね。そこをついているという点で、興味深いと思う。)
 小説はうまくなった、でもそれは細部の描写が優れたということではなく、ここでもモダンなコンクリの建物にマネキンが動いているような味気なさがある。それが新しいといえるかもしれない。