odd_hatchの読書ノート

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リチャード・ロービア「マッカーシズム」(岩波文庫)

 ジョゼフ・マッカッシーはおよそエレガントでもジェントルでもインテリジェンスもない人柄。小柄で太っていて、強い飲酒癖をもち、ポーカーと競馬が大好きで仕事中に予想紙を広げていることもある。虚言癖をもち、いつでも支離滅裂ではあるが人を納得させるうそをつくことができた。彼の好きなことは、騒乱、混乱、乱痴気騒ぎ、そこで彼にスポットが当たることが重要だった。痛烈に人を攻撃し、彼の人生をめちゃくちゃにしたあとに、フレンドリーな態度をとったり、経済的支援を申し出ることがあった。彼は個人的な委員会を持ち、そこに巨額の予算をつけることに成功した。その金の一部は彼の私費に流用された。彼の選挙区の大企業は個人的な秘密の献金をして、彼の提案する法案に企業を支援する必要を示す一条を追加することができた。
 まあ、個人的にはおよそ付き合いたくもないし、支持することもできない政治家だった。実際、1949年までは上院議員であるといっても、彼は名の知れた議員ではなかったし、将来を嘱望する連中に囲まれることもなかった。しかし、1950年の演説から、彼は大統領をしのぐほどの人気と、主に人事に関する権限を持つようになった。大統領も、他の議員も、軍人も彼の顔色をうかがい、彼の攻撃の的になることを避けた。彼の提案で共産主義者をあぶりだすための委員会が大小さまざまできて、多くの人は自己弁明を求められ、時には他人を売るような証言をすることになった多くの人が仕事を失い、多くの人が他人に疑心暗鬼となり、自由にものを言う習慣が失われた。恐怖は海の向こうにあるのではなく、自国の内側にあり、だれが脅威であるのかわからなかった。緊張と不安にまみれ、社会が画一化されていくことになった。

 現在(2012年)では「政府の要職や官僚に共産主義者が紛れ込んでいる」という主張はバカバカしいかぎり。でも、この種の陰謀論スケープゴート探しはいつでも発生する。とりわけ、政治家や要職にある官僚が陰謀論保守主義を主張した時には注意しなければならない。煽動政治家が陰謀論スケープゴート探しを主張して、保守政策の推進を民衆にアジるのだ。この種の失敗は20世紀でたびたび起こってきたし、これからも起きる。彼らがヘイトスピーチや文化批判をするようになったとき、ネーションアイデンティティを強調するとき、とりわけに注意。そこを口実にして、社会を画一化する政策がとられてしまう。自分がこれらを批判するのは、1)社会のリソースを無駄なことに使用すること、2)スケープゴートにされた集団やマイノリティの権利と財産が侵害されること、3)その結果社会の資産やリソースが失われること、4)その回復や復興に多大なコストがかかること。この本に書かれたアメリカの事例でも社会の閉塞と政治離れが起きたし、ドイツ・ソ連ほかの共産主義国家・この国ではより多大な被害が出たことを思い出さないと。他人のことで自分には無関係とか自分はうまく乗り切るという傍観者でも、害を受けることでは同じなのだ。
 マッカッシーとインタビューをしたことのあるジャーナリストがマッカーシーの死後数年で書いたもの(1958年刊行)なので、冗長でつまらないエピソードが羅列され、分析は不十分。事態の原因をおもにマッカッシーの心理や性格に求め、失敗の理由をスタッフに期すという見方も不徹底。「マッカーシズム」を鳥瞰するものとしては不具合だらけなのだが、いくつかのポイントを上げると、
1.最初にマッカッシーに飛びついたのは、反共主義者保守主義者。戦争前から不遇であったので、機会に便乗した。
2.マスコミがマッカッシーの言を上院議員であるという理由だけで新聞の一面見出しにしたこと。嘘であることが明らかになっても訂正せず、告発された人の反証や弁護は記事にならなかった。
くらいか。たいしたことはいっていない。
 なぜ政府や議員が彼を恐れ、彼を非難することに躊躇したのか、なぜ多くの人がマッカッシーのヘイトスピーチを支持し多くの弾劾裁判に熱狂したのか、非難・告発された人はなぜ自分を有罪とみなし他人を売ることを行ったのか、そのあたりは一切不問になっている。これではいけない。
 当時のいくつかの外部の状況をみると、1)鉄のカーテン演説以降、資本主義対共産主義というイデオロギー対決が生まれたこと、2)中国に共産主義国家が生まれ、朝鮮戦争が始まったこと、3)水爆開発をめぐりスパイが告発されたこと、4)トルーマン大統領にはカリスマ性がなく政治的な不安感があったこと、あたりがあげられそう。漠然とした不安と経済停滞(というのはこの時代のアメリカにはなかったけど)が外交上の問題にかこつけた扇動にのりやすいということになるのかな。他山の石じゃねえなあ。
 ジョゼフ・マッカッシーは1955年に上院で非難決議を受け、影響力はなくなる。2年後に過度の飲酒が原因とみられる肝臓障害で死亡。享年47歳。