odd_hatchの読書ノート

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ハーバート・バターフィールド「近代科学の誕生 下」(講談社学術文庫) 16-17世紀に力学と天文学で起きた「科学革命(クーンの概念とは異なる)」。社会の変化と要請で科学は変わる。

 上巻のエントリーは、
2013/02/11 ハーバート・バターフィールド「近代科学の誕生 上」(講談社学術文庫)
 下巻は18世紀から19世紀まで。


近代化学のはじまり ・・・ 力学と天文学の空間は均一で、なにかで充満している必要はないことから、その中の物質は分割可能であることが考え出された。粒子論。ロバート・ボイルはそこから元素の存在を仮定した。それはアリストテレスの4元素論、錬金術の3元素論を批判するためのものだった。しかしこのアイデアも17世紀の観測機器や実験器具の不足から、しばらくは実証されなかった。

万有引力の発見 ・・・ アリストテレス以来、物体は地球の中心に向かう性質を持っているとされた。それがコペルニクスらの新しい宇宙像により、もはや惑星が水晶のような硬質の物体にのっかっているとは思わなくなる。とするとなぜ惑星は落ちてこないかを説明しなければならない。しばらくは磁気が原因であるとされた。ケプラーのころから、物体が地球に向かうのではなく、地球が小さい物体を呼び寄せるというアイデアに変わっていく。一方、デカルトの宇宙像――真空を嫌い、何かの物質で充満した空間があり惑星はそれを押しのけながら移動する(渦動論)――はしばらくの間、科学者に影響を及ぼした。イギリスの研究者はデカルト的な発想をとらず、結局ニュートンのプリンキピア(1687年)によって空虚な宇宙を移動する物体という宇宙像にまとめられた。これにはイギリスの多くの研究者の考えが反映している。フランスの研究者(ホイヘンスライプニッツ)はニュートンを非難したが、観測の理論的裏づけをもたない演繹的な思考によるでデカルト宇宙像は敗北した。

17世紀フランスの科学運動 ・・・ ルイ14世治下のフランス。海外貿易で商人資本が拡大し、中産階級が生まれていた。奇妙なことにフランスの中産階級は自分の階級を恥じていて、ある程度の資産を持ったら引退ないし公職につくことを希望していた。そのため巨大な資本家は生まれなかった。とはいえ、この階級からデカルト主義と科学研究に講じるものが生まれ、一つの科学運動になった。この運動によって科学的な方法と懐疑主義が広く知られるようになった。それはある種の俗化を孕んでもいる。フランスではこれらの運動は科学本体では成果は生まなかったが、政治と文学の「科学化」「懐疑主義」をもたらし、のちの革命の元になった。あと「理性」は鍛錬の後に獲得されるものであったが、この時代の科学の俗化によってもとから備わっているもの、すなわち常識であるとされた。

文明史のなかの科学革命 ・・・ 17世紀の特長は、(1)比較的安定した政情が西ヨーロッパ諸国にあった、(2)あらゆる思想領域で世俗化が起こった(例、ロック)、(3)大航海時代旅行記、地理学上の発見などで世界の情報が入りヨーロッパを相対化してみることが可能になった、(4)古代や中世の権威が科学革命によっていっせいに失墜した、(5)宗教戦争から経済戦争に変化した、(6)資本が大きくなり、投機も行われるようになった、(7)社会の変化が早くなり、世界を動的に見る見方に変わった、(8)以上を通じて、ギリシャ・ローマ時代の文化遺産、およびキリスト教から離脱した文明を作ることに成功した、である。

遅れた科学革命 ・・・ 17世紀が科学革命の時代であるというのは、ギリシャ以来の自然を説明する理論とそれを実証する方法がこの時期に行われたということ。とくに、物理学は引力を、天文学は天体の運動を、生理学は血液の循環をそれぞれ発見することによって、過去のドクサを克服できた。しかし、化学はそれから100年遅れた。「遅れた科学革命」という所以。この場合の阻害要因は、自然を成り立たせる構成要素が空気・火・水・土の4つであるという説。および燃焼を説明する原理として導入されたフロギストン説。後者は17世紀後半に提唱され、ラボアジェによって元素が発見されるまで、約100年間化学者の頭を悩まし、アド・ホックな説を追加しながら生き延びたのだった。

進歩の思想と進化の概念 ・・・ ルネサンスには進歩や進化の概念がなかった。それが18世紀にそのような概念をもつようになるのは、二つの新しい学問の影響がある。ひとつは歴史学ギリシャやローマの知を獲得し、さらに新しい知見を発見できるようになるところから西洋人のセルフイメージが歴史の若人というようになった。もうひとつは地質学で、人類の歴史より古く長い歴史があることを考えられるようになったこと。また分類学博物学がたくさんの生物を収集・記録・分類し「存在の大連鎖」を構想したことも大きい。ここには歴史性はなかったが、分類学が種の連続性を見つけ、育種によって変種・亜種を作れることから、種の普遍性という考えがなくなる。これらがあいまって、ジャン・ボネ(ラマルク)、キュヴィエなどが種の進化を発表するようになった。あとこの時代に生殖の研究、生命の発生をめぐり自然発生と後世発生の二つの論が出たこと、機械論と生気論の論争があったことも重要。


 この本は学生向けの講義なのだよな。この講義を聴いて、しっかりとその内容を把握するには、前提になる知識がとても多い。単純にいうとギリシャ・ローマから現代までの基本的な西洋史、およびイスラム、アジア社会との交流史。さらにはとくにイギリスとフランスの大学や教会などの教育体制、科学革命にかかわった主要な人物の個人史と彼らの業績、天文学・数学・物理学・化学・博物学・医学などの科学史デカルトからライプニッツ啓蒙主義までの哲学の簡略な概要、ルネサンスから現在までの経済史などなど。もしかしたら、主要な研究者がいた場所についても知っておいたほうがよい。こんな具合に他分野のことも知っておく必要がある。筆記試験になったら大変だ。まあ、高校で習ったことのよい復習になるので、学生はトライするように(入手可能かどうかは知らない)。
 裏返して言うと、科学を単体で語ると抜け落ちることがたくさんある。科学は別に普遍的なものではなくて、西洋のある時期に生まれた特殊な考え方なのだ、ということに気づくことが必要。ここは注意を入れておくが、といってオカルトと科学を混交してはならないし、科学の方法に問題があるとしてもそれより良い方法を今のところ見つけていない(オルタナティブな科学がここにあるとか、パラダイムをこちらに変換せよと主張する人の持ち出すのはたいてい、すでに科学が検証済のがらくただ)。
 あと、重要なこととして、「科学革命」という概念が登場する。吉岡斉「科学革命の政治学」によると、「科学革命」に特別な意味を付与した最初の人がバターフィールドで、それを発表したのがこの本。重要なのは、バターフィールドのいう「科学革命」は16−17世紀に西洋でおきた特別な歴史的な一回限りの事象であるということ。すなわち、科学の方法は普遍ではあるが、発生は恣意的・特異的であるという考え(彼はそういわないが、西洋とは別の「科学」はありうるかもしれない。今のところ萌芽すらないが)。これはのちのトーマス・クーンが「科学革命の構造」で提示した「科学革命」とは異なる。なので、クーン的な、というかパラダイム論の議論にはこの「近代科学の誕生」は使えないので、読者は注意すべし。

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