「世界中のあらゆる人が、地球は宇宙の不動の中心だと信じていたときに、地球は太陽のまわりを回る一天体にすぎないと主張し、説得するのはどんなに大変なことだったろう。近代科学の誕生までには、コペルニクス、ガリレオ、ケプラー、ニュートンをはじめとする多くの天才の努力が必要だった。同じことが、生理学、化学、生物学等の分野についてもいえるのである。この思考の大転換を「科学革命」として生き生きと描いた不朽の名著」
1949年にハーバード大学で行った講義録。1957年に改訂。上巻は古代から18世紀まで。
いきおいの理論 ・・・ アリストテレスの考えでは、世界(=宇宙)の中心は地球の中心であり、土水風火という四大元素は中心とのかかわりで運動していた。すなわち土水は中心に向かい、風火は中心から離れる。異常の元素は静止が基本状態であるが、空間を満たしている媒質が流動して、物質が動くのである(真空ではこの運動が起こらないし、起こった運動の速度は無限大になる。だから真空は嫌悪される)。以上の考えであった。これは「神の見えざる手」が常に世界に運動を起こすべく介入していることになる。またこれでは落下する物体の速度が落下距離に応じて速くなることを説明できない。そこで14世紀のパリ大学に集まった神学者は、「いきおい」を導入した。
コペルニクスと中世の伝統 ・・・ コペルニクス自身は、プトレマイオスの体系を整理することを目的にしていて、そこにはスコラ哲学のさまざまな残骸が入っていた。実際、同時代人や後のケプラーからはスコラ哲学者であるとみなされていたのだった。不要なものをそぎ落とした後に「革命」が起きたのはそれから200年後。同時代のガリレオの手帖には、現代の科学的な観察にも通じる発見や観察が書かれているが、実のところはパリ大学の神学者の著述のメモであった。最近ではどの文章が誰の本の引用かまでわかっている。コペルニクスの仕事はトーマス・クーン「コペルニクス革命」(講談社学術文庫)を読めばよい。
血液の循環の発見 ・・・ 13-15世紀に木版印刷や銅版画の技術がでて、印刷物が作られるようになり、図解が書物に加えられた。この複製技術が学者の相互連絡に大いに役立った。同時期に、画家は立体画法と透視図法を発明し、写実的な絵画を書くようになった。また人体や動物の解剖も行われるようになり、写実的な描写が行われ、それが図入りの本で流通した(このようなテクノロジーの発達と画家=技術者による相互連絡が、科学革命の元になっている)。ハーヴェイの仕事は中村禎里「血液循環の発見」(岩波新書)を読めばよい。
宇宙観の変遷 ・・・ コペルニクスの理論がすぐに革命を起こしたわけではない。それまでの宇宙像を変えたのは観測精度の向上と、天文学上の事件(1572年の新星、1577年の彗星)。さらに望遠鏡の発明とガリレイによる木星の衛星の発見。すんわちこれらのできごとにより、観察結果がアリストテレスやプトレマイオスの理論と一致しなくなり、新しいモデルを必要とした。そしてケプラーの天文学とガリレオの力学が大きく寄与した。研究を行ったのはこの二人だけではなく、多くの人びとが関与し、議論した。推進したのは、活版印刷物の流通と学者間の文通(ルネサンスのヒューマニストが文通しあったことは、渡辺一夫「ヒューマニズム考」(講談社現代新書)に詳しい。また、学者たちは定期的に会合し雑誌を発行するなど、現代のアカデミーや学会の元になるものを作っていた。なお、宇宙観の変遷は村上陽一郎「宇宙像の変遷」(講談社学術文庫)を読めばよい。
実験的方法の確立 ・・・ まず力学の研究で実験が行われるようになる。そのためには二つの準備が必要で、ひとつは空間を空虚でどの方向にも一様なユークリッド空間とみなすこと(それまでのアリストテレスの空間は宇宙の中心=地球の中心に向かう重力が働いているので、直線は地球の中心に集まる非ユークリッド空間であった)。もうひとつは問題を幾何学化すること。そこまでいくと数学で問題を解くところまであとひといき。17世紀になると、実験は学者や職人などでよく行われるようになった。その背景にあるのは、数学の発展(代数と幾何学を一緒に扱う方法、対数そのたの簡便な計算法など)と各種の測定器具(温度計、気圧計、振子時計、空気ポンプなど)が作られたこと。
ベイコンとデカルト ・・・ ベイコンに影響された人びとは、実験が重要であると理解していた。ベイコン自身は数学に弱く、古いアイデアに依存するという欠点を持っていた。デカルトは人間が理性を等しく持っていて、理性を充分に働かせることによって世界=宇宙の真実を理解できると考えていた。そして統合され、整序され、内的な組み合わせを備えた一つの普遍的な科学があるというヴィジョンを打ち立てた。デカルトには演繹的な推論を広範囲に適用させ、実験・観察の根拠に乏しいところがあった。17世紀の科学はこの二人の哲学者で自然科学者の考えに影響されていたが、その終わりころには彼らの自然科学を追い落とす発見がイギリスで起きた。ニュートンである。デカルトについては本書もいうように「方法序説」を読むのが一番よい。ここには啓発的な記述がたくさんある。もちろん一部の科学的な記述は今日の目からは間違っている。
最初に読んだのは、大学2年のときだが、たんに文字をトレースするだけだったらしい。ここにまとめたことをほとんど記憶していなかったから。
こういう歴史の見方だけど、個々の天才とその業績の記述にはしていない。そのかわりに、この人は先人であるあの人やナントカグループの考えの影響を受けていて、こういう古さとあんな新しさをもっている、また同世代のかの人と文通したり面会していて考えを交換しあっていた、などいうように人の集まりを重視する。歴史小説にありがちな英雄や天才が歴史を推進したという考えを取らないことが重要。もうひとつは単純な進歩であると見ないこと。ときに大きな一歩があっても、隣では誤った理論の激しい(しかし後付では無意味な)議論もあったし、多くの科学者が間違った方向に研究を進めたこともあると。そのような過ちや間違いを現代の知見でもって評価するのは不当であるということ。コペルニクス→ケプラー→ニュートン→アインシュタインと直線的に力学と天文学は推進したわけではなく、彼ら自身にも混沌とした考えがあったり、自分の考えの重要性に気付いていなかったりしたこともあり、周辺の研究者の右往左往もあったのだ、そういう混沌も含めて科学は展開していったのだという見方が必要。
2013/02/08 ハーバート・バターフィールド「近代科学の誕生 下」(講談社学術文庫)
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