odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

柄谷行人「内省と遡行」(講談社学術文庫)-1

 講談社学術文庫には、「内省と遡行」と「言語・数・貨幣」のふたつの論文(および「探求」からの抜粋)が収録されている。それぞれを読むことにする。

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内省と遡行 ・・・ 1980年「現代思想」連載。
序説: 「ニーチェの戦略は、意識に問いながらそこから身をかわしすりぬけること、中心を解体しながらその解体作業がひそかに前提する〃中心〃をさらに解体することである。彼が提示するのは窮極的に「比喰」である。それが比職でしかないということは、非難さるべきことではなくて、哲学的な言語が一義性・同一性をめざすものである以上、その徹底的批判は自らメタファーたらざるをえないのである(P18-19)」

主知性のパラドックス: 「主観性を歴史的な幻想・病だと断定し否定したとしても、それもまた主観性にすぎないということだけでなく、逆に主観性に対する最大の批判は最も主観的な領域からしか生じえない(P24)」。以後、ソシュールヤコブソンの言語学の話。

下向と上向: 階層構造がみられるとき(文-語-音韻)、下位構造は結果から、上位における積極的な意味を構造分析的に還元することで見出され、始原(目的、結果)ではない。これを上向で形成や原因としてみるのは誤っている。
分子生物学では、個体-細胞-遺伝子という構造がみられ、遺伝子がDNAという物質をして定義されているために、ときに人はDNAや遺伝子を個体や生物の始原、結果、目的としてみたり、DNAや遺伝子に超越性を見ようとしたりする過ちを犯しているのを思い出した。)

知の遠近法: 階層構造がみられるとき、配置(奥行)の違いであるのが、「深層」(表層の現れとは違う構造)を見出そうとする。これは近代の遠近法(それもデカルト幾何学的座標空間に由来)において現れる。例は、フロイトの無意識、ダーウィンの進化論、ヘーゲル弁証法。非歴史的な分類から歴史的な成層を見出す点において共通。深層は上位-下位の系統樹的な階層構造の中で考えている。
ダーウィンの進化論の話が面白い。進化論はリンネの分類表がなければできなかった。空間的系統樹(リンネ)が歴史的系統樹(進化論)に、均質空間が歴史的な時間に、比較解剖学で機能レベルに還元された種が突然変異と自然選択で変化する種に、となる。科学史の方から見ても妥当な「説明」。著者が必要なのは「説明」ではなく遠近法的配置を注視することなので、このサマリーは意図から逸脱している。まあ、自分の関心に触れることなので。)

時と場所: ソシュール共時性を時間(微分化可能)を見てはならない。むしろアリストテレスの時(クロノス)。体系から別の体系への変化においてのみ見いだされる。前と後ろを同時に見ることのできない、差異化。
(ここのアリストテレスのクロノスやトポスの説明は中村雄二郎「共通感覚論」とは違う、はず。)

作品とテクスト: このふたつは区別されなければならないが、区別しがたい。テクストを見ようとすると「作品」になるから。
(思い返せば、自分はついにソシュール言語学と、さまざまな人の記号論を理解できなかったので、ここはわかりません。)


 順番があとさきになったが、先に「隠喩としての建築」「形式化の諸問題」を読んだ。なので、後の論文ではあっさりと書かれている、あるいは論証抜きにしているところが、こちらの「内省と遡行」で詳しく書かれているのに驚いた。なるほど、著者は原理的・抽象的に考えるようになったと書いていたが、「内省と遡行]では具体的な問題が提示されていて、そこは(なんとなく)わかる。とくに科学に関するところは、自分の関心領域でもあって勉強してきたので、よくわかる(まあ科学史では、ここに書かれたほどの抽象化や断定化は行われず、もっと「説明」や「因果」に終始してしまうのだが。)。
 たぶん西洋的な「知」への違和を考えるところから探究を開始したと思うのだが、マルクスからニーチェハイデガーフッサールデリダらを逍遥するのは「哲学」の範疇であるのだろうが、それがレヴィ=ストロースにバース、ソシュールヤコブソン、ベートソン、ポパーにクーンにファイアアーベント、たくさんの美術史家などが登場するとなると、こちらがついていけない。彼らの考えをほぼ説明抜きで批判されると、こちらはぽかんとするしかない。(であるが、通常、個別ばらばらに考える「学問」とか「知」とかを横断(といっていいのか)して、共通する形式を見出そうとすると、そこまで対象を広げることになったということなのだろう。)
 ここでは西洋的な「知」(たぶんそれは形而上学といっていいのだろう)への違和を克服するために、外部(とかメタレベル)にでることをやめて(そんなことをするとすぐに内部に取り込まれる)、内部を徹底的に考えることをする。その戦略でかかれたこの論文は解説の浅田彰が言うように「敗北」なのであろうが(そこまで徹底できる人は極めて珍しいので、敗北の記録がとても参考になる)、次の「隠喩としての建築」ではゲーデル的問題を新たな方法として組み入れることにして、西洋的な「知」の「決定不可能性」を見出す。


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