odd_hatchの読書ノート

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ヘレン・ケラー「わたしの生涯」(角川文庫)

 ヘレン・ケラー1880年生まれ。2歳で高熱の病気を発症。以来、視力と聴力を失う。話すこともできなくなり、わがままでしつけができないで育つ。転機は彼女が7歳の時。グラハム・ベルの紹介でパーキンス盲学校の卒業生、20歳のアン・サリヴァンが派遣される。ここからヘレンの教育が始まる。まあ、自分の知っているのはここまでで(映画などもここまでだ)。その後、ラドクリフ女子大学に入学し、英文学を履修して優秀な成績で卒業し、種々の社会運動に参加した。すでにこのころには、障碍者支援の組織があって、そこの依頼で演説をすることがあった。下記のような自叙伝で有名になり、ベル博士他の紹介でアメリカの資産家/経営者とあい、寄付金を得たりという活動もした。長じては社会主義に共感して、アメリカ社会党に入党している。この国には1937年と1948年、1955年に訪問。1968年没、享年87歳。

 ここには3つの本が収録されている。
暁を見る(1903年
濁流を乗り切って/闇に光を(1929年)
 書かれた時期が異なっている。前書では幼児期から大学卒業まで。2冊目以降は卒業後の社会運動や日々の随想と思想。ヘレンは白人の家に生まれ家庭教師をつけることが可能なくらいの裕福な家の出。美貌の持ち主で、たぶん女性で最初に英文学の学位を取得した。このような条件があって、若い時から有名になった。ここは注意しておかないと。三重苦を克服したのは彼女が初ではないし、一方で放置された貧困の障害者もいたことに注意(そのような人がいたことが本書に書かれている)。
 障害者問題や差別のことは、ちゃんと考えたことがないので、すみませんがあまり触れません。
・この文章の特徴は、色・音・時(朝、昼、夜の区別)が書かれていないこと。もちろん彼女の英文学ほかの薫陶で単語としてのこれらの言葉は登場するが、あくまで修辞。かわりに肉感的に現れるのは、匂い(匂いで街の区別ができるとか、どういう生活をしているのかわかるとか)・振動・触覚など。ああ、自分らの文章がいかに視覚と聴覚に頼っているか、それらが共通されることにいかに無自覚であるかがわかる。
・彼女の生きた時代(この自叙伝に現れる時代)は、古典経済学の自由主義経済だった。なので、自助努力が普通とされ、政府や国家はセイフティネットを制度化していない。しかし、障害者自身や支援者たちは自力で組織を作って、援助体制を作っていた。なので、ヘレンの若いころにはすでに盲学校もあるし、障害者向けの教育者を育成する仕組みもできている。経済的基盤は薄い。そのときに支援をするのは富豪たち。グラハム・ベルは電話の特許で得た金を盲者向けの通信・交流システムに投資するし、ほかにもカーネギー、ロックフェラー、フォード、エジソンという当時の大富豪たちの名前がたくさんでてくる。ヘレンは彼らと会い、支援をするよう頼み、彼らは気軽に応じている(ように見える。さて、この国ではどうか、というのが比較の問題。この国の富豪はさて? まあ支援組織というのはなかったので、多分富豪は自分の経営している会社や地元でその種の組織を作っていたのではないかな。あと、いわゆる民間人とかボランティアもあの国にはたくさんいた模様。このような支援組織を自由主義経済でつくるのがよいか(支援から漏れる人が出る可能性がある)、社会民主主義で政府や地方自治体が行うのがよいか(カバーする人が多くなって十分な援助が行き渡らない)は、現在でも考えなければならない。解決策はこの二者択一ではないと思うけど。
・ヘレンの重要な主張は、障碍者を特別扱いするな、同情を持って接するな、なにか聖人であるかのような理想化をするな、そうではなくて、自分らにできることができるようにして社会に参加させてくれ、ということ。僕(ら)は障害者になにか理想化した観念を押し付けて、自分の立場を正当化しようとするからね。そうでない姿をみると裏切られた気分になる、というのは人種差別の支援者でもみられること。
・ああ、そう。角川文庫の訳者岩橋武夫は自身も盲目だった。戦前に、彼はヘレンにあい、来日を薦めた。それがサリバン先生の納得するところとなり、上記の数回の来日につながった。このような事例があったことを覚えておきたい。
・もうひとつ。ヘレンの生涯を映画化し、そのタイトルが「奇跡の人」とされたので、ヘレンがミラクルを達成したように思われるが、この二つ名はサリバン先生についたものだということに注意。僕らは障害を克服することにドラマを見るのだが、そうではない。支援する側のほうがより苦労をするのだということも覚えておきたい。
 障害者問題の基本文献だと思うので、読んでほしいが、いささか冗長。三分の一くらいに刈り込んだ縮約で十分だと思う。