odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

フロレンス・ナイチンゲール「看護覚え書」(現代社)-2 ナイチンゲールは、ホメオパシーを認めていませんよ

2014/02/03 フロレンス・ナイチンゲール「看護覚え書」(現代社)-1 の続き

 ナイチンゲールホメオパシーを擁護するという記述があるらしいので、調べてみた。

 今回読んだのは、1985年印刷の第4版。該当箇所は本書209-210ページ。引用すると、

ホメオパシーは素人女性の素人療法に根本的な改善をもたらした。というのは、その理論はまことに申し分なく、かつその薬理作用は比較的害がないからである。その「丸薬」は、どうしても何か善行をして満足したいひとたちが必要とする一粒の愚行なのであろう。というわけで、どうしても他人に薬を与えたいという女性には、ホメオパシーの薬を与えさせるとよい。さしたる害にはならないであろう。」

 念のために原文にもあたってみる。パブリックドメインの文章なので、「Florence Nightingele; Notes on Nursing」で検索するとテキストを入手できる。奇妙なことに、ホメオパシーに関する記述は、英文で脚注扱い(翻訳は本文扱い)。そのために、
Notes on Nursing.
Notes on Nursing: What It Is, and What It Is Not by Florence Nightingale - Free Ebook
などのテキストページには記載がない。そこで、以下のサイトのPDFから該当部分を書きだした。
Notes on Nursing: What it Is, and what it is Not - Florence Nightingale - Google ブックス

Homeopathy has intorduced one essential amelioration in the practice of physic by amateur females; for its rules are excellent, its physicking comaratively harmless -- the "globule" is the one grain of folly which appears to be neccessary to make any good thing aceepatable. Let then women, if thy will give medicene, give homeopahic medicine. It won't do any harm.

 この文章を吟味する前にナイチンゲールのこの本の考えをまとめておこう。
1.患者の生存率や治癒率が低いのは、不衛生・低栄養・騒々しさ・無関心。なので清潔・高栄養・休息を十分にし、患者の気持ちに寄り添うことが重要。実際に、彼女の実践で良好になる結果がでた。
2.そのためには患者・医師・看護者の協力が不可欠。
3.うるさいのは患者の関係者。この人たちが医師や看護者の指示を無視して勝手なことをするので、迷惑している。こんな文章がある。

「友人たちの悪いくせである元気づけの言葉かけほど病人を痛めつけるものは他に類がない。それは一種の儀礼的な習慣であろうが(中略)、こんな習慣には絶対反対する。親族や友人、見舞客や付添人など、病人をとりまくすべての人に向かって私は心から訴えたい。病人が直面している危険を、わざと軽く言い立てたり、回復の可能性を大げさに表現したりして、病人に元気をつけようとする、そのような軽薄な行為は厳に慎んでいただきたい。(P156)」

「この世で、病人に浴びせかけられる忠告ほど、虚ろで空しいものは他にない。それにこたえて病人が何を言っても無駄なのである。というのは、これら忠告者たちの望むところは、病人の状態について本当のところを知りたいというのではなくて、病人がいうことを何でも自分の理屈に都合のよいように捻じ曲げること、病人の現実の状態について何も尋ねもしないで、ともかく自分の考えを押し付けたいということなのである。(P162-163)」

 この時代(19世紀半ば)には薬理学のような科学はなく、薬は民間療法やハーブ療法(ヨーロッパ版漢方薬)みたいな経験薬で、主な効果は下痢を起こさせることだった。瀉血と同じく、体内の毒素を強制的に排出しようという考え。そのために、毒性の強い物質、精製されていない動植物由来成分を使ったりしていた。患者の容体を急変させ、症状を悪化させることもあったので、看護者の仕事のひとつは薬を投与した後の経過を注意深く観察することだった。
 ナイチンゲールは素人女性が「下剤」を与えたがり、医師の処方を無視して無謀な与薬をすることにあきれ、怒っている。内科医が比較的害の少ない緩下剤を処方すると「私には半分も効かない」と不平不満をいい、もっと強烈な下剤を服用したがる。あるいは、ご立派なご婦人方は、正しい適用法も効果もろくに知らない薬を友人や隣人に与えたがる。そういう無経験な人が投薬しても、何の益ももたらさない(そして看護人と医師に面倒を増やす)。一方で、ナイチンゲールが実践で効果を確認してきた室内や家屋の清掃や衛生には何の関心ももたないし、援助することもない(P208-209の自由な要約)。

「女性が下剤を服んだり服ませたりする場合の、いちばん安全な方法は、そのつど「医師」の指示をあおぐことである。下剤を服んだり服ませたりしていながら、ごく普通の薬剤の名前も覚えようとはせず、たとえば、コロシンスとコルチカムとを混同したりするひとがいる。鋭利な刃物を「ふりまわして」遊んでいるようなものである。(P208)」

「彼女たちはロンドンのかかりつけの内科医に宛てて、その地方の近隣にたいへん病気が多いので、自分たちが「たいへん気に入っていた」処方を送ってほしい旨の手紙を書き、それを友だちや貧しい隣人たち皆に与えて、服用させるのである。正しい適用法も効果もろくに知らない薬を他人に与えたりする。(中略)無経験な人間の投薬は、何らの益ももたらさない。(P208)」 (このあとに上記のホメオパシーの文章が続く)

 そのような背景を見たうえで、再度ナイチンゲールの文章を読むと、こうだ。

ホメオパシーは素人女性の素人療法に根本的な改善をもたらした。というのは、その理論はまことに申し分なく、かつその薬理作用は比較的害がないからである。その「丸薬」は、どうしても何か善行をして満足したいひとたちが必要とする一粒の愚行なのであろう。というわけで、どうしても他人に薬を与えたいという女性には、ホメオパシーの薬を与えさせるとよい。さしたる害にはならないであろう。」

「根本的な改善」というのは、素人の持ってくる民間療法の薬や下剤に比べると、はるかに身体にやさしい(なにしろ薬効物質が一分子もない水だもの)。「薬理作用は比較的害がない」のもあたりまえで、医師や看護人に隠れて薬を飲んだとしても、なんにも起こらないものね。そりゃ、看護人にとっては「改善」される。「申し分ない」はexcellentの訳だけど、あくまで素人が使いたがる強烈な下剤と比較しての話。ここは皮肉がたっぷりとまぶされた「けっこうですこと」「ご立派ですこと」の意味もあるとみたい。そう読むのは、あとでホメオパシー薬は善行をしたいという女性たちの「愚行(folly)」といっているから(ここも「おバカなこと」と皮肉をまぶして訳したい)。とにかく、勝手な理屈で患者に何事かを吹き込み、医師や看護人を無視して、「善行」を積みたいという「善意の人々」にナイチンゲールはあきれ、いかり、ばかにしている。そういう連中はオバカな行為を止められないのであって、怪しげな薬を投与されたりするよりは、「害のない」ホメオパシーのほうがまだまし、ということ。ホメオパシーそのものに対する評価は「It won't do any harm」につきていて、「害がない」(ナイチンゲールの期待する看護には役に立たない)。
 まあ、そういうことです。ナイチンゲールは、ホメオパシーを認めていませんよ。もっとオバカな薬よりはましだが、愚行なことにはかわりがありませんよ(そして素人があれこれ口出しするのは益になりませんので慎んでくださいな)、といっています。
 投薬は専門家の診断と処方に基づいて使用するのが大切。いかに善意があろうと素人が服用を判断したり、他人に勧めたりしてはならない。まして、ホメオパシーのような効果のない水や砂糖を薬の代わりにすることはあってはならない。