odd_hatchの読書ノート

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アガサ・クリスティ「スリーピング・マーダー」(ハヤカワ文庫)

 俺くらいの年齢になると、クリスティが亡くなったときの報道を覚えているし、死の数年後にでたクリスティ読本をもっていたりする。亡くなる前年にポワロ最後の事件「カーテン」がでて、もうひとつミス・マープルものの長編が出るだろうというのも覚えている。「カーテン」は早い時期に読んだが、マープル最後の事件はこれまで未読だった。

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 さて、21歳の新妻グエング・リードが郊外によい家を見つける。不思議なのは、その家は初めて来たはずなのに懐かしいと思えること。壁紙の趣味が悪いの別にしようとしていて、表のがはがれたら、思い描いたのと同じ色合い、柄の壁紙が現れた。なぜか「ヘレン」のことが気になり、古典劇を見ている最中、一気に記憶がよみがえる。わたしは、この家でヘレンが殺されているのを見ていた。それが抑圧されて、今まで忘れていたのだった。ここまでの展開は順調。イギリスの幽霊屋敷もののパターンに、精神分析を組み合わせた一世代前の怪奇物語。
 グエングはほかの人が昔は掘り起こさないほうがいいよというのを振り切って、夫のジャイルズといっしょに、記憶をよみがえらせる。すると、その家の持ち主は死んだ父のもの。グエング3歳の時に引き払って、ニュージーランドに移民したので忘れていたのだ。父はいっしょにならずに、精神病院に入院。妻を殺したというオブセッションで衰弱した結果だった。グエングは記憶にないが、父は再婚していて相手の名がヘレン。屋敷を引き払ったのはヘレンが駆け落ちして、失踪してしまったから。
 ここまでわかったので、グエングとジャイルズは、ヘレンの関係者を見つけようとする。新聞に広告を出すなどして、ヘレンの存命中の知り合いを見つけると、兄の医師ケネディ、弁護士フェーン、観光会社経営者アフリックが見つかる。ヘレンは彼らと熱愛し、婚約までしたが、失踪の後、それらは破棄されていた。ほかに、小間使いや子守りなどの関係者がいることもわかる。
 このあたりの展開は、クイーン「フォックス家の殺人」に酷似。世界が沈滞しているところに、元気にあふれた女神が降臨する。すると、地の穢れが地割れから噴き出してきて、平穏な世界が混沌にまみれてしまうというわけだ。この女神は無垢で無知であるのだが、次第に事件の核心にあるのが、自分自身であると認識していく。周囲が止めるのを聞かずに、事件の真相を目指すというのは彼女のアイデンティティの回復のためにほかならない。それは彼女と父ないし母との葛藤を解消するためのもの。ああ、ほとんどオイディプスアガメムノンだね。そういう神話的な構造とストーリーなので、この小説は表層の退屈さを忘れることができる。
 ヘレンは小説では一言もしゃべらないで、人の言葉でもって語られるだけだが、無個性な女性であったものが、男を狂わす魔性の女として表れてくるのが見事。ここもクイーン「」「最後の女」などを思い出した。
 主人公はミス・マープルではなくて、グエングとジャイルズの夫婦。ミス・マープルは、甥の小説家がこの夫婦の知り合いだということで事件に関係する。小説にはほとんど登場しないで、隠れて関係者を観察する。具体的な証拠よりも、彼女は観察した人間性に重きを置き、そのうえ心理の洞察を加えて(それは会話の端々にでる言葉を分析することで得られる)、推理する。このやり方はハードボイルドのカメラアイにとても近しい。黄金時代の探偵小説と40年代のハードボイルドは水と油の関係にありそうだが、それほど遠いわけではない。むしろ、意図せずして(かどうかはわからないが)、クイーンやクリスティの探偵小説がハードボイルドに似てくるのはどうしたわけか。
 さて、本作は作者の死後に発表されたのだが、書かれたのは1940年代。当時作者は50代か。その年齢を意識すると、グエングは21歳で17年前の事件を調査する。この若い女性があうのは、17年前に独身者の恋愛を生きてきた人たち。この小説では40-50代。クリスティにとっては執筆当時の自分の年齢に近しい人たちを書いている。そのせいかミス・マープル最後の事件というわりには、事件の関係者もマープルもまだまだ活動的であって、老いを感じさせない。グエングやジャイルズもまだまだ動ける(介護が不要な)人として接している。そこらへんが「最後の事件」と思わせるには、不十分だったなあ。「象は忘れない」「復讐の女神(メネシス)」などの作者の最晩年の作だと、こうした老いの痛切さや不自由さがあったのに。