odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

大江健三郎「新しい人よ眼ざめよ」(講談社)

 「『雨の木』を聴く女たち」連作の区切りをつけた作者は、ふたつの契機があって、自己の生の振り返りと「死と再生」のイメージを構想することになる。ひとつは、自分が50歳になり人生の半ばを過ぎたことと、もうひとつは障害を持つ息子が20歳の成人になったこと。かつて「個人的な体験」で障害を持つ息子を受け入れることを選ぶまでを小説化し、幼年時代の息子が作家の核であることを「洪水はわが魂に及び」「ピンチランナー調書」に書いた後、息子との関係を見直すことになる。その過程をウィリアム・ブレイクの「予言詩」と重ね合わせながら描いた。

無垢の歌、経験の歌 ・・・ 障害を持つ息子を残して旅に出たところ、突然暴力的になり、家族を不安にさせた。帰国後は落ち着いているが、遅れてきた思春期であるから気が気でない。そのような子供のために「定義集」をつくりたいと思う、たとえば作家・堀田善衛がインドの旅行中にみせた「川」と「悲嘆」の見事な定義のような。イーヨーが聞いていたブルックナー交響曲第8番の生中継はだれの演奏だろう。1980-82年当時でそれらしいFM番組を思い出せない。1980年3月28、29日のサヴァリッシュ&NHK響か1982年9月25日のヨッフムバンベルク響か。短編の初出は1982年7月。

怒りの大気に冷たい嬰児が立ちあがって ・・・ 「死」の定義について。ブレイク「4つのゾア」から、幼少時代に川におぼれた記憶、脳に障害のある息子の手術、同じ息子の癲癇発作などを想起する。それらの出来事において、死からの再生を促したのは、母や妻の母性であることに思いをはせる。同じく息子も死に憧憬するところから、長生きする期待に心持を変える。「眼ざめよ」は必ずしも障害のある子供のことだけではなく、憂鬱に陥る非行動的な作家の「僕」にも向けられること。

落ちる、落ちる、叫びながら…… ・・・ 子供イーヨーと通うプールでは、ときに青年たちの集団が独占していることがある。10年前に自決した作家Mの思想を汲む青年組織のもよう。その統率者が10周忌にあわせて青年たちにスペイン語で講演してくれないかと誘う。かつては敵対し批判しあってきた作家のことなので、「僕」は躊躇するのだが。ある時、プールに沈む息子を統率者に助けられる。沈む子供を見ながら立ち竦んだ「僕」はブレイクの詩句を思い出すことしかできないときに。この短編は裏返された「セブンティーン」なんだな。

蚤の幽霊 ・・・ 脳に障害を持つ息子もティーンエイジになる。精神や言葉は幼児のものであるが、身体は大人のそれに近くまでに成長している。彼は夢をみない、あるいは夢という概念を持たない。性的な興味はなくとも、身体は性的に成熟してそれがなにか暴力的な爆発になりはしないかと恐れる。台風の夜、突然伊豆の別荘に行きたいと言い出した。悪天候の危機に陥る中、新たな認識を獲得する。

魂が星のように降って、縦(あし)骨のところへ ・・・ 障害を持つ息子のコミュニケーションについて。子供のころからの回想。鳥の声を聞き分けるところからバッハやモーツァルトの音楽に興味をしめし、ピアノや作曲の仕方を覚えるようになり、いくつかの作品を書く。養護学校の創立15周年記念で「ガリヴァーの足と小さな人たちの国」という音楽劇の音楽をつくることになり、上演を成功に導く。言葉とは別のさまざまな方法で意思や主張を伝える可能性があること。

鎖につながれたる魂をして ・・・ 障害をもつ人と生きることについて。そのような息子を持つことを明らかにしてきた「僕」の見聞きするさまざまな差別がある。障害者施設建設に反対するソフトな人から、直接脅しをかけてくる卑劣なものまで。とりわけ10年前(1975年ころか)にあった息子イーヨーの誘拐未遂事件。犯人がのちに電話をかけてきて、イーヨーが一喝する。そのような「現在」の話に、「僕」が子供の時に若くして死んだ「父」の思い出が加わる。

新しい人よ眼ざめよ ・・・ 死と再生について。自作「『雨の木』を聴く女たち」、「同時代ゲーム」、「ピンチランナー調書」、「個人的な体験」の自己批評(このうち「『雨の木』を聴く女たち」では自分が再読の時に考えたことがほぼそのまま指摘されていたという記述があって、苦笑するしかない)。最近亡くなった学生時代からの友人の思い出と作家への批評。これまでの「死と再生」のビジョンの不十分さを自覚するようになり次の小説の構想を考える。20歳を越えた障害を持つ息子が家を出て寮暮らしをして、思いがけない成長に驚く。それは父の息子離れを促すことでもある。


 過去10年間のイーヨー振り返りながら、彼の成長を見る。それは障害を持つ息子が10代の身体の急激な成長と性的な成熟化、そして精神の不安定さを経験しながら、危機を克服して大人に自立することである。このように時間がたってからの振り返りであれば、余裕もユーモアも交えて、さまざまな意味づけを見出すこともできようが、その最中はとても大変なものなのだろう。その点ではこの連作集は「静かな生活」の「第0章」「ビギニング」「ライジング」などと名付けることも出るし、「個人的な体験」の「その後」とか「第2部」などと名付けることもできるだろう。その中間地点である本書では、イーヨーの自立がとても目覚ましいものに思え、その解放感が読後の感情を浄化する。
 ここではたんに若い少年が成年に成熟することのみならず、父や家族が障害を持つ息子と生活することで彼らも成長したことを確認することでもある。さらにそこから障害者が暮らしやすい社会や適切な支援システムなどの社会構想に話は広がる。こちらへの方向付けは自分がフォローしていない話題なので言及しないことにする。ただ、障害者施設建設に反対するものやプールでのさまざまな冷ややかな視線などはいまでも見られるものであり、高齢化や不況や就職難などで社会の余裕が失われつつあるとき、敵視や蔑視はよりすさまじくなっている(もちろんそれへのカウンターや支援者の増加もあるのだが)。
 さて、ここでは主に「僕」とイーヨーの関係について考えているのであるが、その後ろ側には「僕」が幼年時代に若くして急逝した父をさまざまに思い出すこともある。父は若くして亡くなったために「僕」の記憶は少なく、そのうえいわゆる「家庭サービス」とは無縁で、口下手で仕草にも表すことがなかったらしい。なので、「僕」は父との良好な関係を結べなかったし、関係を再構築するすべはなかった。なにしろ相手は問いかけても答えてくれないから「僕」が父との関係を上手く結べず、いつまでも謎であるのだ。なので、自分が父になった時のモデルにもならない。「僕」がイーヨーとの関係を結ぶことに苦慮するのは、そのまま「僕」と父の関係の見直しとか不和に苦しむことでもある。そういう二重の関係がこの小説にあるし、しばらくあとの「いかに木を殺すか」のサブテーマになっているし、ずっと後の「水死」(未読だけど)の主題になる。それらを含めて考えると、タイトル「新しい人よ眼ざめよ」はイーヨーや障害を持つ子供らへの「眼ざめよ」に限らず、イーヨーの弟妹や彼らの世代とそれより若い人たちに向けた「眼ざめよ」のみならず、自己自身もまた「新しい人」に再生して「眼ざめよ」と告げているのだ。
 ブレイクは作者のお気に入りの詩人。この小説を読み直すまで自分はずっと忘れていたのだが、以前の作品、たとえば「ピンチランナー調書」で言及されているのみならず、「われらの狂気を生き延びる道を教えよ」の短編のタイトルとなったり、たぶん初期短編にもあったと思う。ブレイクの詩は自分には難解で、よくわからない。ただ、ブレイクの詩や語句はそのまま宇宙的イメージを喚起し、再生の契機をもっている。そこで、この短編連作では作家は自分のイメージを構築する作業はなかった。そのために過去の自作や再生イメージを自己批評することに費やされる。読者は以前の作品を読んでいることが求められるが、既読であれば個々に書かれたさまざまな自己批評の言葉から、過去の作品の読み取りを深めることになるだろう。