odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

西村京太郎「名探偵が多すぎる」(講談社文庫) パロディ尽くしの探偵vs怪盗。知的挑戦という以外なんのインセンティブもない怪盗一座の奮励努力。

 明智小五郎が世界の名探偵(クイーン、ポアロ、メグレ夫妻)を別府温泉に招待した。神戸から別府に行く夜間フェリーに乗っていると、アルセーヌ・ルパンが乗船しているのがわかる。彼は世界の名探偵に挑戦するというのだ。運の悪いことに宝石商が時価一億円の宝石を持参していて、それを盗み出すという。名探偵は気乗りしないまま、船長の依頼で宝石商と同室することになったが、宝石商は落ち着かないので止めてくれという。吉牟田警部が入り口前に陣取る中、乗客の転落騒ぎ。急制動で船が揺れたあと、宝石商のいる密室でかれは刺殺体で見つかり、宝石が盗まれる。

 さて、この事件は一件落着した後、今度はルパンは事務長室のタイカンの絵をニセモノとすり替えたという。当時の価格で800万円は21世紀頭でいくらになるのか。というよりすでに値があがっていたのね、タイカンの絵は。本物はどこにあるか見つけなさいというルパンの挑戦。代金と一緒にいるはずだった事務長は拉致され、彼を船室で見つけた時、すでに殺されていた。激情した吉牟田警部はルパンの恋人ジェヌヴィエーブと無理やり一室に立てこもり、ルパン出てこいと叫ぶ。名探偵がどうにか説得すると、ジェヌヴィエーブは吉牟田警部に足をすくわれて転倒。なんと流産。
 名探偵がルパンに謝罪に出向くと、一室に閉じこめられる。通常の船室にさらにコンクリで内部を固め、ダイナマイトでも仕掛けない限り出られない。有毒ガスを流して、自力で抜け出すか、自分に屈服しないかぎり、一時間で酸欠になると脅す。この危機に、明智はなんと唯一の連絡方法である電話線を抜いてしまった。名探偵の運命やいかに。
  名探偵シリーズ第2作で1972年初出。ブッキッシュな趣味はさらに高じて、章のタイトルは以下の通り。
ポケットに探偵を/挑戦準備完了/災厄の船/何故メグレに頼んだか/特等2A室の秘密/事務長殺人/そして誰かがミスをした/ルパン罠を張る/Lの悲劇
 名探偵が主人公の作品タイトルのパロディ。本歌はあえて書かない。みなわかるでしょう(でも「特等2A室の秘密」は該当作が多すぎて、いったいどれが正答かわからない)。そういえば「名探偵が多すぎる」というタイトルも有名作のパロディといえるな。
 移動するフェリーの内部の事件。船全体が密室になっていて、犯人は逃げ出せないという趣向。しかも相手は変装の名人ルパン(友情出演が怪人二十面相)なので、犯人がいったいだれかわからない。こういう趣向では探偵も被害者の一人になり、探偵vs犯人の勝負ができなくなる。そこに犯人による権力の体制ができ、内的に服従するという心理が生まれる。というのが笠井潔「オイディプス症候群」の主題なのだが、まあそういう権力の問題はわきに置いてかまわない。ここでは犯人たるべく奮励努力するルパン演出の舞台劇をぽかんとながめるのがよい。知的挑戦という以外なんのインセンティブもないのに、密室からの宝石盗難、密室からの脱出、名画の意外な隠し場所など難易度の高い演目を、金と時間に糸目をつけずに、名探偵たちに見せつけるルパン座長の努力に敬意を払う。ヒーローであるのは手間のかかることなんだねえ。

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