odd_hatchの読書ノート

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小栗虫太郎「紅毛傾城」(現代教養文庫) 小栗流の「本格探偵小説」はすでに極めた次の苦闘。周辺諸国の異境の地を舞台にした新・伝奇小説の試み。

「日本探偵小説全集 6」(創元推理文庫)に収録されたが、触れることができなかった次の作の感想をここに。

オフェリア殺し 1935.02 ・・・ 稀代の沙翁俳優・風間九十郎が失踪したため、急遽、法水が自作の戯曲で主演・ハムレットを務めることになった。沙翁記念劇場の開場を祝う上演であったのだが、バイロイト劇場と同じくオケピットの上に舞台を置いたために、独特の音響効果になる。風間九十郎が降板したのはそれを嫌ってのこと。さて、3日目のこと、オフェリア役で風間の娘・久米幡江が、風間の幽霊を見たと法水に脅えを相談する。一方、ホレイショ役で同じく風間の娘・陶孔雀は幡江の怯えを一蹴する。さて、第3幕になってオフェリアの死体が現れるところで、劇場は大いに揺れた。そして川に流れる幡江は首を切られている。そのとき、舞台およびその下部には誰もいなかったはずだが。さらに、舞台下の奥の部屋から2か月前に殺されたと見える風間の腐乱死体が発見された。冒頭で、幡江のだした風間の手紙で早速法水が暗号を解くのはうれしい。とはいえ、いったい解決はなんじゃらほい! なまじリアルな劇場を舞台にしたのがまずかった。ここには怨念が住み着いていないからね。壁に投げつけたくなるような「ケッサク」。
 この国では珍しい(と思う)劇場ミステリー。上演されているのが「ハムレット」なので、マイケル・イネス「ハムレット復讐せよ」(国書刊行会)と比較してよい。まあ、舞台上演歴の違いによるのか、劇場内部と俳優の記述が詳しいイネス作のほうがずっとすぐれている。

 以下はこの文庫に収録されたもの。
源内焼六術和尚 1936.01 ・・・ 戯作者の集まりに、源内獄中にありとの報が届く。すなわち松平伊豆守別荘の改築をめぐる諍いで人を殺めた。そこに源内の創案する焼き物も届く。目を凝らして眺めると細字で話が書いてある。島原の乱のころ、同じく砦を攻める一隊があった。籠城数日に及んだとところで、奇襲を仕掛けた砦の手の者が穴倉に落ちる。そこに一冊の本。読むと、イエスに関する別の伝説(イエスの出自とユダおよびパウロの役割についての新説)が書いてあった。焼き物には、暗号のごとき文字が書かれていたが謎解きはできなかった。話の中に話がある話を皆で読むという、まことに珍妙な構成。どうやら1925年ころの作らしい。

絶景万国博覧会 1935.01 ・・・ 明治40年ころの廓の話。廓では女郎が「まかし」という気分になったときに、矢車に女郎を縛って回転させむち打ちという折檻があった。あるとき、一番の女郎が折檻役の男と心中しているのがみつかる。不審な点があるものの犯行方法がわからない。以来60年、事件の発見者の老婆が突然、上野の観覧車を借り切った。錯視を使った、とてもではないがリアリティのない犯罪。とはいえ、この戯作の文章を味わうにしくはない。

紅毛傾城 1935.10 ・・・ 18世紀の半ば、ベーリング海で海賊をする和人がいた。横蔵、慈悲太郎の二人のかしらに、その姉・紅琴。あるときロシアの軍船を攻めたら、緑の髪の娘と、船長を捕まえた。彼らの言うにはベーリングに「エル・ドラド(黄金の都)」を発見したという。そこで船長を締め上げてありかを吐かせるとともに、娘を太夫にする。和人一行には悪病がはやり、なぜか横蔵、慈悲太郎の二人は悪病で臥せっているところを殺されたのだ。その前後には幽霊のような足音。なるほど娘は父を殺したというが、砦の中で父を見たといっている。二人の殺人事件の犯人、黄金の都のありか、ベーリングの暗号、と短いところにミステリの趣向を凝らし、しかも伝奇小説の装いも加えた意欲作。

金字塔四角に飛ぶ 1937.9 ・・・ 「成吉思汗の後宮」(講談社文庫)と重複するので省略

ナポレオン的面貌 1941.1-2 ・・・ 「成吉思汗の後宮」(講談社文庫)と重複するので省略

 作者30代半ばで、「黒死館殺人事件」を書き終えた後の時期の作。なるほど、小栗流の「本格探偵小説」はすでに極めてしまったとなると、その次を見出さねばならない。それは自己を否定することでもあるので、なかなかに難しい。その苦闘がこれらの諸作に現れているとみた。ここでは探偵小説と伝奇小説の融合。謎とその解明、そして冒険とアクションを一つにまとめようとするそれほどない試み。しかも小栗の考える伝奇はこの国の場所に根差したものではなく、周辺諸国の異境の地を舞台にする。そうすると、叙述の暗黙の前提をつかうことができなくなり(人物の生活とか人々の風習とか)、説明にページを割かなければならず、一方「本格探偵小説」の目の詰んだ独特の熱気のある文体を使えないとなると(たぶん忙しすぎて、熟考する時間が取れなかったのだろう)、小説の密度が薄くなる。説明不足もあって、話の筋を追うのが困難になる。枠物語の構造も読者の理解を妨げただろう。
 第三者を装って、この時代の小栗の苦闘を書いてみたけれど、これは自分の読書後の考え。読書中は、ときにあくびをかみ殺し、残りページを数えながら我慢することもあった。マニア向けの一冊。
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