odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

マイケル・イネス「ハムレット復讐せよ」(国書刊行会)

「英国有数の貴族ホートン公爵の大邸宅で、名士を集めて行われた「ハムレット」の上演中、突如響きわたった一発の銃声。垂幕の陰で倒れていたのは、ポローニアス役の英国大法官だった。事件直前、繰り返されていた謎めいた予告状と、国家機密を狙うスパイの黒い影、そして、いずれもひとくせありげなゲストたち。首相直々の要請により現場に急行したスコットランドヤードのアプルビイ警部だが、その目の前で第二の犠牲者が…。英国本格黄金時代を代表する名作。(表紙裏のサマリ)」


 訳者解説によると、英国探偵小説作家は、舞台もの・学園もの・田園ものの3つをたいていものするそうだ。これは舞台ものの代表作。なんて英国人は演劇が好きなのだろう。だれもがシェイクスピアの台詞を暗唱できるくらいに習熟しているなんて。たとえばスコットランド生まれのマクドナルドという執事が出てくるが、このような職業でありながら縦横に台詞を引用し、突然の舞台登板要請にまるであわてず半日あれば自分の役柄の台詞はしっかり頭に入るよというのだ。演劇愛好のおかげで、シェイクスピアの時代から19世紀末まで作曲は低調だったとか、ロックやスミスのような経験に根差した議論の仕方が生まれたとかはこれが原因だったのだ、登場人物がさまざまな年代の演出を議論しあうというのは今でいうオタク的な情熱だなあとか、おかしな妄念が頭に浮かんでしまった。
 最初の章が秀逸で、「ハムレット」上演には俳優だけで30人、裏方をふくめ登場人物は50人という大勢を必要とするが、登場人物をてきぱきとさばいて、細部しか描かないにもかかわらず、全体風景が見えてくるという書き方はみごと。さらには多数の人物が一堂に介する舞台や宴会の描写も素晴らしい。ほとんど田舎の館から外にでないで、人を出し入れしながら、演技を付けていく様は見事な手だれの演出をみているよう。それが言葉だけで行われ、読むという快楽を充分に味わえる大人の小説でした。とくに難しい言葉を使っているわけではないけど(そこはチェスタトンと違う)、ひねった比喩に頭をまわしたり、入り組んだ文脈をしっかりと読み取らないといけない。自分には読書の快楽でした。
 で、クリスピン家(ん?似た名前の小説家がいたなあ(笑))は名誉革命以来の名家で資産家で貴族。趣味が高じて自宅(これが数十人の客を一度に宿泊できる豪壮な邸宅)で「ハムレット」を上演することにした。主役は専門俳優を招き、端役は友人知人をあて、大学の研究者に演出を依頼という本格的なもの。おかしなことに上演日が近づくにつれ、シェイクスピアの引用で脅迫と思える怪文書が郵送される。最後のものが「Hamlet, Revenge」(江戸川乱歩命名のタイトルもいいけど、これをカタカナのまま出版してみたらいかが)。とうとう上演の当日、上記のように舞台上で出番を待つ英国大法官が近距離から射殺された。舞台とその裏には30人近くがうろうろし、50人以上の観客が注視している中でのできごと。監視の視線は多くとも、出入り自由、しかし関係者以外に容疑者がいないという矛盾だらけの魅力的な状況が現出する。
 初出が1937年ということで、悪化しつつある英独関係(そこにソ連とスペインの事態が加わり西洋諸国は混乱中)が反映していて、英国大法官が国家機密の文書を持っていた。それを狙う秘密諜報員もいるらしく、英国首相は殺人犯より文書の行方のほうが気になる。もっとも怪しいのは当主のジャーヴァス(ん?似た名前の名探偵がいたなあ(笑))だが、実は文書を起草したのは彼本人。アプリビィ警部は徹夜で調査するものの、目の前に今度はインド人のプロンプター役・ボウス氏が刺殺され、当時のハイテク録音機(でも蝋管)で関係者の声を録音していた言語学者が頭を殴られて重傷を負うという事件も起きた。この間、警部は探偵小説も書く演出家(実は幼馴染)といっしょに聞き込みを続ける。捜査に入ると、普通の探偵小説になって、真意をみせないジェントルマンの駆け引きを読むことになる。とくにアクションも奇矯な人物も現れないので、米国探偵小説に慣れている人には辛抱が必要になりそう。しかも登場人物はシェイクスピアディケンズにエリオットなどを引用するし、演劇について一家言を持つ人ばかりで演劇論・小説論をきくことになる。ここではハイブロウな読者を想定している。
 いろいろと事態は錯綜していたがいくつかの手がかり(それがまた細かくて。坂口安吾「不連続殺人事件」の心理の足跡よりもっと微細かもしれない)によって、一気に事態が変化する。一度は探偵小説家の誤った推理に納得しかけたけど、そのあとに波乱の冒険アクションが訪れる。犯人が奇妙でもないし、殺人方法が奇抜でもないし、およそ常識的な範疇に着地する。それでもなるほどしてやられたなあと思うのは、(大か中かはいわないぞ)状況の説明に徹底することによってもうひとつの(大か中かはいわないぞ)状況を隠すということ。たしかに前半では数回書き込まれていた状況が後半すっかりかかれなかったので、そちらのほうに注意が行き届かなくなってしまった。こういう書き方は「レッド・へリング」としか名付けられず、乱歩も分類していないのだが、もしかしたらいくつかのトリックのカテゴリがあるのかもね。してやられたミステリではなくて、しっかり書かれた重厚な小説(しかも探偵風味付き)を読んだという充実の読後感。

  


<参考エントリー:小栗虫太郎の「オフェリア殺し」>
2014/05/13 小栗虫太郎「紅毛傾城」(現代教養文庫)