odd_hatchの読書ノート

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堀田善衛「奇妙な青春」(集英社文庫)

 1945年10月の出獄自由戦士歓迎人民大会から1947年2月のゼネスト中止まで。独立した長編ではあるが、登場人物は前作「記念碑」と同じで、「記念碑」の第二部にあたる。

 「奇妙な青春」とは奇妙なタイトルであるが、小説の言及をみるとわかる。

「敗戦は人々にがっくりと年をとらせると同時に、奇妙な青春の感、あるいは解放感に近いものを、与えた。戦争の劫掠にまかせていた時間を、青春を、一挙にとりもどそうとしていた。それは戦争による被害者の側だけではなく、加害者たちにもまた、実人生としてはまったく損をしたようなものだ、という感じをもたせていた(P62)」
「まだ充分に生きてはいなかった若い人々が、天皇の名において突きつけられた殺人許可証を手にして、中国や南方に押し込んで行く以前に、あるいはそれと同時に、彼等は彼等自身の青春を殺裁したのではなかったか。(P185)」

 日本の軍国主義ファシズム自由主義個人主義が「劫掠」されて青春が奪われていた。そこからの回復が敗戦と占領によって開始される。奇妙とはその言いであるが、小説を読むと回復にあたる時期もまた「奇妙」であるのだとわかる。雨宮昭一「占領と改革」(岩波新書)でみるように、敗戦前に軍国主義の軍人・政治家は失脚して、自由主義経済の派閥に政権が移っていた。敗戦と占領はその派閥に政権を持たせたので、権威主義形式主義、暴力などは消えたものの、思想や政策は戦時中からの継続であった。日本人は敗戦によって右翼は転向したのであるが、占領軍に抵抗できないことからアメリカに隷属するように再度転向を果たした。米軍のいいなりになるという転向は、その自覚もないままに内面化される(それは講和条約で独立しても継続し、21世紀にも残っている)。
 小説に出てくる人たちはいずれもインテリであり、転向がおきたことを文章化はできなくともわかっている。自分自身にも転向は起きているのであり、戦前戦中の抑圧と占領下の自由で自分がどうあったかどうあるのかわからない。他人を相互に観察してわかるのは、「下剋上(戦前戦中の価値の転倒)」「アメリカ人へのコンプレックス」「ぐるぐる変わる」「(戦争で)壊されたものは幸福という思想」「戦前と戦後の時間の継ぎ目を見失う」「歴史ではなく宿命を生きる」という日本人の在り方。
(なので前作の「歴史」「時間」では、中国人の歴史の厚みと流れを見れたのであるが、日本人からは歴史観念が見いだせない。古典(登場するのは歎異抄方丈記、実朝集など)にある宿命であり、根底を持たない諦念や憧憬などの気分ばかり。)
 戦後や占領中の希望は共産党(戦前戦中を通じて転向しなかったもの)や若者(転向するような前史をもたない)とみえるが、彼らのナイーブさや独善も、戦前戦中の抑圧を直接経験したものからすると危なっかしい。なにしろ、特高憲兵とやりあい、軍隊で人権無視の訓練をうけてきたし、珍しい西洋の海外体験もあるものだから。なので、1945年の出獄自由戦士歓迎人民大会にも1947年2月のゼネストにも高揚しない。歓喜を分かち合えない。
 これは大人(戦前戦中に青春を終わらせたもの)の場合であるが、戦後に青春にあるものの中にも鬱屈はある。特攻くずれ、戦地での虐殺体験、結核罹患、後方支援でのいじめなど。占領軍の持ってきた民主主義も廃墟に建てられた金ぴかの看板に見える。「帰るべき根底がない」。戦前戦中の抑圧は、戦後の自由をうまく扱えない。
 というような具合に、敗戦と占領が軍国主義の抑圧から解放され自由と民主主義を試したという一般的な説明がそのままでは通用しない時代であったというのがわかる。1956年にでたとき、小説に現れた雰囲気は多分インテリだけにしか通じなかったと予想する(1955年の経済白書は「もはや戦後ではない」と敗戦と占領を忘れるように煽った)。もしかしたらそのすぐ下の世代も共有していなかったかもしれない(戦時中に中学生小学生だった大江健三郎開高健小田実筒井康隆井上ひさしなどは、この小説の登場人物のようには戦後を回想していないのだ)。わずかな世代にだけ共有された思考と感覚。これが残されて記録されたのはとても重要。
 「広場の孤独」「歴史」「時間」「記念碑」「奇妙な青春」という1950年代の小説で堀田善衛は日本とアジアの戦時と戦後をみつめた。この仕事はとても重要で貴重。読み直して、その成果に圧倒された。
(ただし、主人公の成長や冒険などの物語がなく、生活と労働と活動のことばかり書かれているので、物語を読むカタルシスには乏しい。背景にある事件、できごと、生活も端折られているので、あらかじめ知っておかないといけない。中級以上の読み手でないと、読み進めるのは難しいかも。)