odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

堀田善衛「歴史の長い影」(ちくま文庫)

 1980年代頭に書かれたエッセーや往復書簡などを収録して、1986年に出版。

 まず注目は、「歴史・宗教・国家」という長いエッセイ。書き方を見ると、講演の書き起こし。ここには、ヨーロッパ中世を研究して見出したことを網羅的に語っている。内容は、「ヨーロッパ二つの窓」「時代の風音」などの対談で語られたり、「誰も不思議に思わない」「めぐりあいし人々」などに書かれたものに重複している。総タイトルの「歴史の長い影」は、この探究から導かれた省察で、ヨーロッパでは現在が歴史の重層の上にあって、いまおきていることが歴史の反映であるということ。バチカンガリレオの裁判を再検討するというのが事件から350年たってからであるとか、戦争は「わが村の向こうの丘から戦車が来る」という認識がそれこそ匈奴の侵入ころからの実感に根差しているとか(この国だと「海の向こうで戦争が始まる@村上龍」になり、沖縄だと「海のむこうからいくさがやってきた@「さとうきび畑」になる)、1337年のペスト大流行の時の法律で、死体を別の市町村に移動するときには許可が必要であるのが今に残っているとか。そのような生活にまでおよぶ歴史があの場所にはあって、日々実感させられるという。この国では、50年前のことですら記憶は風化してしまい、歴史的なものの見方は難しいからね。
 この作家が重要なのは、彼に限らず戦後文学の書き手全般に言えることだが、作家の役割に現代の問題を世界的な視点でみようということと、ほかの国の作家と交流しようというところ。
 続いて「在欧通信」という章に収録されたエッセイ。さっきの戦争の話に関連すると、1980年代の東西冷戦でアメリカとソ連が東西ドイツに核兵器を増強配備するという計画が起き、西ヨーロッパで反戦運動が起きた。その運動の契機になるのが、「わが村の向こうの丘から戦車が来る」という歴史認識に基づくというあたり。この国の戦争の認識とは違う視点があって、それはかの地で生活しないと見えてこない(この国での同時期の反核運動にはこの視点はなかったと記憶する)。
 後半は、「人、親しければ」という章。ここには彼が親しく交友した外国文学者の思い出がつづられる。そこで注目なのは、西ヨーロッパとアメリカの作家を意図的に外していて、それでいてとても広い交友があること。登場する作家の国を挙げると、中国、インド、エジプト、アルジェリアスーダンソ連、カザックスタン(ママ。この字面だと「コザック」の国であるのがわかる)、アンゴラなど。まあ、この国名もとりあえずのもので、たとえば「インド」という国にある複数の言語とネーションからすると、そこからやってくる作家は「インド」の代表ではなく、もっと小さなネーションの代表であるとする。彼らとのやり取りで、文学者の会議ではまとめないのも技術、正統を主張するのは妨げになる、という認識に達する。ここは苦笑い。個人商店主の集まりで主張することを好む人たちの集まりではそうなるのも仕方がないか。
 著者の小説の主人公が思いがけないできごとや考えにであったときに、「ふへえ」と口を開いてしばし呆然とすることがある。その呆然とした感じを自分のような読者も持つことになり、その「ふへえ」を口にする間に、膨大な歴史感覚や広大な空間が読者である自分に入ってくる。「センス・オブ・ワンダー」が読者に開示されるわけだね。こういう「センス・オブ・ワンダー」がある文章はどうもこのところの最近の書き手から感じることはなくて、結局戦後文学者の書き物に戻ってきてしまう。これも3回目の再読だけど、初めて読むような心地がした。

堀田善衛「歯車・至福千年」(講談社文芸文庫)→ https://amzn.to/3TzIzHm
堀田善衛「広場の孤独」(新潮文庫)→ https://amzn.to/3TyWLk4 https://amzn.to/3vunHt2
堀田善衛「歴史」(新潮文庫)→ https://amzn.to/4aukzfv
堀田善衛「記念碑」(集英社文庫)→ https://amzn.to/3vwOipy
堀田善衛「時間」(新潮文庫)→ https://amzn.to/43EXW6a
堀田善衛「奇妙な青春」(集英社文庫)→ https://amzn.to/3vvIBbi
堀田善衛「インドで考えたこと」(岩波新書)→ https://amzn.to/4cwhiOP
堀田善衛「鬼無鬼島」(新潮日本文学47)→ https://amzn.to/3xoefrC  https://amzn.to/3TDmlnO
堀田善衛「上海にて」(筑摩書房)→ https://amzn.to/3PJCGWX
堀田善衛「海鳴りの底から」(新潮文庫)→ https://amzn.to/4axgGX8 https://amzn.to/3TVq5Th https://amzn.to/3TVEq1G
堀田善衛「審判 上」(集英社文庫)→ https://amzn.to/43ANAUB
堀田善衛「審判 下」(集英社文庫)→ https://amzn.to/3IWDkN5
堀田善衛スフィンクス」(集英社文庫)→ https://amzn.to/3TUfg3G
堀田善衛キューバ紀行」(岩波新書)→ https://amzn.to/4cwhvBB
堀田善衛「若き日の詩人たちの肖像 上」(集英社文庫)→ https://amzn.to/3vwEPOW
堀田善衛「若き日の詩人たちの肖像 下」(集英社文庫)→ https://amzn.to/3TCxbKR
堀田善衛「美しきもの見し人は」(新潮文庫)→ https://amzn.to/4cvGTat
堀田善衛「橋上幻像」(集英社文庫)→ https://amzn.to/49jslYK
堀田善衛方丈記私記」(新潮文庫)→ https://amzn.to/3IUqfDR
堀田善衛「19階日本横町」(集英社文庫)→ https://amzn.to/3TB9PoT
堀田善衛ゴヤ 1」(朝日学芸文庫)→ https://amzn.to/3TzknEX
堀田善衛ゴヤ 2」(朝日学芸文庫)→ https://amzn.to/3TTnXLs
堀田善衛ゴヤ 3」(朝日学芸文庫)→ https://amzn.to/3IRZj7U
堀田善衛ゴヤ 4」(朝日学芸文庫)→ https://amzn.to/3vwOogU
堀田善衛ゴヤ」全巻セット(朝日学芸文庫)→ https://amzn.to/3vwPNE1
堀田善衛「スペイン断章〈上〉歴史の感興 」(岩波新書)→ https://amzn.to/49k7RPr https://amzn.to/3xlcrzG
堀田善衛「スペインの沈黙」(ちくま文庫)→ https://amzn.to/3J0K508
堀田善衛「スペイン断章〈下〉情熱の行方」(岩波新書)→ https://amzn.to/4ar4JD7
堀田善衛「路上の人」(新潮文庫)→ https://amzn.to/49e9vlJ
堀田善衛/加藤周一「ヨーロッパ二つの窓」(朝日文庫)→ https://amzn.to/3IRZCzA https://amzn.to/43xqSwR
堀田善衛「歴史の長い影」(ちくま文庫)→ https://amzn.to/4ae0ydy
堀田善衛「定家明月記私抄」(ちくま学芸文庫)→ https://amzn.to/3PE2vaW https://amzn.to/3VU2Muv
堀田善衛「定家明月記私抄 続編」(ちくま学芸文庫)→ https://amzn.to/3PGKWHn
堀田善衛「バルセローナにて」(集英社文庫)→ https://amzn.to/3PEoI8Q
堀田善衛「誰も不思議に思わない」(ちくま文庫)→ https://amzn.to/4ai7hDu
堀田善衛「ミシェル 城館の人1」(集英社文庫)→ https://amzn.to/4cBgKHc
堀田善衛/司馬遼太郎/宮崎駿「時代の風音」(朝日文庫)→ https://amzn.to/3IYDbsx
堀田善衛「ミシェル 城館の人2」(集英社文庫)→ https://amzn.to/3IVZ9w5
堀田善衛「めぐりあいし人びと」(集英社文庫)→ https://amzn.to/3IREiKB
堀田善衛「ミシェル 城館の人3」(集英社文庫)→ https://amzn.to/3PH4tat
堀田善衛「ミシェル 城館の人」全巻セット(集英社文庫)→ https://amzn.to/4acvVVZ
堀田善衛ラ・ロシュフーコー公爵傳説」(集英社文庫)→ https://amzn.to/49k7DYB