odd_hatchの読書ノート

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堀田善衛/加藤周一「ヨーロッパ二つの窓」(朝日文庫)

 堀田善衛は1918年、加藤周一は1919年生まれで同世代。共通するのは、戦後いち早く外国を周遊し、あるいは生活拠点にしてきたこと。そのうえ、勉強家で博識。彼らが1986年にヨーロッパについて語り合う。当時は、ソ連ほかの社会主義国があって渡航制限があった。ヨーロッパ共同体は存在しても政治的経済的統一は実行されていない。北アフリカ諸国はとりあえず政治的安定を保っていた。

 彼ら二人の議論をおおざっぱにまとめると、「ヨーロッパ」と読者はひとからげにするが、うちから見るとそうではない。まず歴史的には普遍と孤立が混在し、妥協と融合、対立が交錯する。普遍はローマ、キリスト教カソリック教会)、産業革命(今ならグローバル資本主義かな)に代表されて、これは統合を進める力である。孤立は様々な地域であり、それはゲルマンの森の中の町の記憶。キリスト教以前の呪術的宗教であったり、古語であったり。ナポレオンがフランスのナショナリズムを統合・組織化する。これによって、近代社会はヨーロッパ―国―地域の三つの層に分かれた。なので、「国」はヨーロッパではそれほど古いものではないが、ナショナリズムと統合することで強力な力を持ってきた。今後は「国」の力は弱まるかもしれない。近代のヨーロッパ社会では、ナショナリズムはデモクラシーの実現として表れてきた。ナポレオンの革命の輸出はデモクラシーの普及でもある。奇妙なのは、デモクラシーの普及がナポレオンの軍事独裁帝国主義で行われたこと(本来は対立しあう関係なのだが)。一方、この国やアジアではナショナリズムは反民主主義として表れる。以上の考えは、クシシトフ・ポミアン「ヨーロッパとは何か」(平凡社ライブラリ)に共通する。ヨーロッパを統合と分裂の歴史と伝統としてみること。
 ヨーロッパとひとからげにするが、文化や習慣などをみると、一枚岩ではない。まず北と南がある。北はフランス、ゲルマンからスカンジナビア半島まで。木の文化、ロマン派の情熱、憂鬱な曇天と湿気。南はイタリアから北アフリカにかけて。石の文化、幾何学や理性、乾燥した空気と熱気。この二つの統合と対立がヨーロッパの運動の基本になる。そこからすると、イギリスの合理主義やロシアの神秘主義、スペインのイスラム文化はヨーロッパの範疇からは少し離れる。ここはポミアン「ヨーロッパとは何か」と違うね。ポミアンはイギリスとスペインをヨーロッパに加える。
 さて、ヨーロッパを見るときに彼らが重視するのは、歴史の重層性(なにしろ少し掘ればローマの遺跡がでて、過去1000年くらいの建築様式の建物が同じ通りに並んでいるという場所だ)。変化を好まない(アメリカをデモクラシーの実験室とみなしている)。イスラムやアラビアと交易(15世紀くらいまではヨーロッパは遅れた地域。交易することから、自身の知的なレベルアップを図った。過去統治下にあった地域では文化の影響が色濃い)。そういうことがわかる都市がトレドとヴェネツィア
 すごく図式化してしまった。この議論が説得力を持つのは、二人の碩学はヨーロッパに住み、各地を訪れ、さまざまな人と知っていて、話をしているということ。その経験の蓄積が知識で裏打ちされて、納得できる議論になっている。ここに登場さすなと言われそうだが、和辻哲郎「風土」(岩波書店)は粗雑すぎるのがよくわかる。ヨーロッパを「牧場」に代表さすのだからね。ドイツには当てはまるかもしれないが、ほかの地域ではどうなのか、と著者は自分に問うてみていない。
 とても薄い本(200ページ足らず)で、2時間程度で読み終えるのだが、そこに書かれたことはとても豊穣。今回の再読ではメモを取ったのだが、指摘されたこと(全部は書ききれなかった)は数十冊の本を読んだくらいの量になる。発言ごとに時間と場所がどんどんかわり、読者の頭の中のヨーロッパが書き換えられ、どんどん広がり深くなっていく。二人の組み合わせの対談は、この本一冊だけのようす。ああ、この僥倖に感謝。

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