odd_hatchの読書ノート

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堀田善衛「スペイン断章〈下〉情熱の行方」(岩波新書)

 「スペイン断章〈上〉歴史の感興 」(岩波新書)では主題は「歴史」であって、どこにいっても歴史がものとしてあらわれ、そこに茫然自失する。それから5年たった1982年に出たこちらの本では、前著に書かなかったところを書く。すなわち、スペイン市民戦争とカタルーニア。これを切り離して語るのはなかなかに難しいのであるが、どうにか区別してみる。

 スペイン市民戦争。第1次大戦後に右派と左派の争いがあったとき、1936年の総選挙で左派が政権をとり共和制を敷く。フランシスコ・フランコを中心とした右派の反乱軍(ナショナリスト派)がクーデターを起こし、人民戦線政府(共和国派)と右派の反乱軍(ナショナリスト派)が内戦を起こした。このとき、反乱軍はモロッコのモーロ人の軍隊で市民を殺傷、虐殺したり、ナチスの支援を受けた部隊が電撃戦を試すなどしている(ピカソゲルニカ」の題材になった虐殺事件がそれ)。そのような外部の介入もさることながら、市民同士が共和国派とナショナリスト派に分かれて戦い、ときに拷問、虐殺があった。このとき、No Pasaranのスローガンが生まれた。著者によると、「No Pasaranはコムニスタのスローガンであり、ラ・パッショナリーアと仇名された共産党の指導者の一人、ドロレス・イバルリ女史が絶叫をして、人々に知られるようになったものである(P58)」とのこと。著者はあるビラを見せられる。そこに書かれていたのは、

マドリードは、ファッシズムの墓場となるであろう!/誰も通すな!(No Pasaran)/妻たちよ!/明日は君たちの夫の弁当を、工場へではなくて、塹壕へ持って行け!/政府なきマドリード万歳!」

 内戦時代にマドリッドを過ごした祖母の持ち物であり、1936年11月7日にソヴィエトの飛行機によってマドリード市内に散布されたものであることがのちにわかる。所有していた祖母の夫はナショナリスト派の将校であったというから、このビラを大切に保存していた女性の40年にわたる沈黙が重苦しい。その孫もこのビラをみて、浮かぬ顔をして考えこむようになったという。親たちの選択が子供らに影響して、反目になったり、反省を促したりする(フィクションの例は笠井潔「バイバイ、エンジェル」など)。
 もうひとつ、内戦時代はあらゆる民主主義、共産主義アナーキズムの実験が行われた。この本でもあるアナーキストたちの村の改革が語られる。生産手段の共同化、貨幣の廃止、共同生活を実行したのである。それが失敗に至ったのは、内戦に青年ほかが参加して村にリーダーと協力者がいなくなったこと、貧しい人たちがフリーライダーになったこと、など。そしてアナーキズム(無権力状態)をつくるために、武装した独裁制をとらなければならなくなる。アナキスト諸氏は倫理的に潔癖で、清貧であり、率先して行動していたはずなのに。なんとも苦汁に満ちた選択。それもフランコの軍隊によって壊滅され、殺されるか、強制労働か、亡命するか……。
 結局、フランコの率いるナショナリスト派が長年の軍事独裁政権を樹立するのであり、1975年のフランコの死まで民主運動は弾圧を受ける。その間の弾圧もまた徹底したものであり、共和国派(とみなされた人)は虐殺されるか、強制労働させられるか、亡命するか。それこそ数十年を外国に亡命し、フランコの死後ようやく帰還するというものも少なくない。国内にとどまったとしても、良い職業に就けず、社会保障ナショナリスト派向けのみ。不正と不公平と差別にあって暮らす人が多かった。なので、フランコの死後も内戦から独裁時代のことを語るのは難しいのである。
 おもいの他に、市民戦争で文字をとってしまった。カタルーニアは簡略に。この場所は、過去から独立志向が強く、スペイン語とは別の文化圏を形成している。ピレネー山脈をはさんだフランスの3県とあわせて分離独立しようという運動が継続して行われていた。別の文化圏を持つということで、スペインからの差別を受けていたのでもある。フランコ軍事独裁を含めた二重の差別。そのような地において、独立するという意思を持つ続ける情熱。その行方。(21世紀になってEUができることにより、西洋の小地方の分離独立運動はかつてほどの過激さ、急進性を持たなくなっているようだ。国家を統合した「世界共和国」ができることによって、地方・地域の独立性は高まり、ナショナリストの要望に応えられるようになったのだろうか)。
 独立という情熱ばかりではない。この国では、西洋のさまざまな対象に向けられた「情熱」が激しくほとばしり出ている。すなわち、国家・宗教・民俗・言語・トポス・戦争・革命・共産主義アナキズム・王制……。そのいずれにおいても、この「国」では衝突があり、激烈があり、たくさんのものをつくる一方で、破壊もした。結果としてたくさんの血が流れている。そのようにまでしてかける情熱はどのようなところに人を運んでいくのか。この国がインサイダー間においては、平穏と妥協を好み、情熱の行く末の衝突や激烈を回避するようであるのに。一方で、アウトサイダーには衝突や差別を辞さないものであるのはいったいどうしたわけだろうか。
 著者は驚いたり、茫然自失する名人であるが、くわえて優れた問いかけをする人でもある。

「ヨーロッパに住んでの私の経験の大部分を占めるものもまた、この石のような時間であり、また時間を化してもつ石そのものであったと言えるかもしれない。(P11)」

「情熱・暴力について、明噺な観念を形成すれば、たしかにそれは解消するであろう。けれどもそれで果たして情熱、あるいは暴力というものが人間世界から不在となるか。(P241)」

 優れた問いかけは、それだけでわれわれの迷妄を解き、認識を広げることができる。なんとも把握しがたい巨大ななにものかをどうにかとらえているのではないかという手ごたえをもつことができる。あるいはそのような気になれる。とすれば、著者の答えを聞かずとも、著者の巨大な肩にのって少しは遠くまで見渡しているのではないか。なんとも得難い問いかけと認識のヒトである。
 「スペイン断章」は、情報と思索を圧縮して書かれている。このような書き方は著作の中では珍しい。詰め込まれたものは膨大であり、この程度の感想では漏れていることが多い。実際、割愛した話題はたくさんある。なので、熟読玩味すべき。ただ普段と異なる息苦しさもあるので、ときにほかのエッセイを読んで、失敗を照れたり、女性にモテモテであったり、冗談をよく口にしたりする機嫌のよい紳士に会いに行ってもよいだろう。