odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

大江健三郎「言葉によって」(新潮社)

 それまでは若い作家としてエッセイ、随筆など短い文章の依頼は積極的に受けていて、それを集めるとぶっとい3巻本になった(「厳粛な綱渡り」「持続する志」「鯨の死滅する日」文芸春秋社)。30代半ばになって、文学、状況と講演を主にした本にしていこうとする。これがその最初(とされる)。なるほど、このあとの評論・随筆集には短いものはみられない(新聞や雑誌には1-2ページのものもあるが、単行本や文庫に収録されることはめったにない)。

受け身はよくない 1972.11 ・・・ 受け身はよくない。受け身の人は自分の全体に責任を持たないし、モラリティがない。この国は敗戦後ずっと受け身で、アメリカのアジア政策に寄り添っていれば経済は繁栄するのだと、喜色満面のにやけがおをしている。お先真っ暗の短い目先の判断で右往左往している。当時、日韓条約沖縄返還協定の強行採決があり、それを傍聴してのレポート。

言葉によって 1973.07 ・・・ 三島由紀夫は人生に失望していて自殺したのであるが、その差異に絶対天皇制を美や道徳に個人的に結び付けて自ら死ぬことで日本人の基盤(歴史とか伝統とかと強引に結びつける)であるという詭弁というか非論理を残した。これに日本人は呪縛されてしまったので、対抗するには、言葉による想像力が必要。原民喜やおもろそうしなどを使うことによって。

力としての想像力 1973.11 ・・・ 作家は想像力の根本に宇宙をおいている。「宇宙の中の一粒子として宇宙と同化するように滅びる(P73)」人間というのを志賀直哉が構想していて(「暗夜行路」)、実際、科学や経済発展で地球の破滅の危機があるときに、作家の想像力は有効。
(まあ、宇宙が自然科学の対象とする物理的現実であるのではなく、道徳とか正義とかの基盤になるとか、生の根源的な力を無限に無償で流出する場とかのロマン派風に考えているのだろう。自分は自然科学のトレーニングを受けたものなのでこの考えにはくみしえないが、作家の考えの大本にこのような「宇宙」があることを確認する。1970-90年代の作品はこのような「宇宙」イメージを基にしている。)

この一年、そして明日 1974.09 ・・・ 金大中拉致事件から1年(日韓条約強行採決1965年11月20日深夜から9年)たっての日韓のアンチファシズム運動まとめ。

未来の文学者 1975.01 ・・・ 未来の文学者は未来のアウトラインを示すことと全体主義化への抵抗の意思を表すこと。たとえばソルジェニツィンなど。という議論なのだが、エーリッヒ・フォン・デニケンを読んで着想したというのが何とも。デニケン、か・・・(UFOで、オカルトで、陰謀論の人。当時のベストセラー作家)。

ソルジェニツィン収容所群島」の構造 1975 ・・・ 社会で叫び声をあげている人の声を聴かなければならない。たとえば、ファシストに襲われた人、秘密警察に逮捕される人など。叫び声を放置すると社会はひどくなる。あと「収容所群島」はポリフォニーではなくて、モノフォニーだよという指摘(これはその通り。「私」のモノローグに他人の声が挿入されるという仕組みだから。いずれ全部読むけど(既読は2巻まで)、いままで「収容所群島」はちゃんと読まれていないのではないかなあ。と思っていたら入手難になっていました。)

表現された子供 1975.09 ・・・ 想像力を喚起する契機としての子供。谷内六郎の絵、「ガルガンチュワとパンタグリュエル物語」、「カラマゾフの兄弟」、「はだしのゲン」。障害を持つ子供。

にせの言葉を拒否する 1975.11 ・・・ この国の周辺状況から武装化・軍事大国化を願う連中の持ち出すにせの言葉「現実を直視せよ」。そこには、黙って受け入れろ、ほかにはいかなる選択もないのだから、という脅しと傲慢さがある。

全体を見る眼 1975.12 ・・・ 岩波講座「文学」の編集作業で高橋和巳が「全体を見る眼」を構想した。それを渡辺一夫や「戦争と平和」を例に読み取る。のちの評伝や評論で詳細に書かれるので省略。「戦争と平和」の構造をまとめた図版がのっていて、小説を読むときのノートの取り方の参考になる。

風刺、哄笑の想像力 1976.01 ・・・ 権力や政府やその追従者が高圧的になっているときに文学はどう対抗しえるのか、という問い。キム・ジハの詩をサンプルに検討する。これものちの「小説の方法」に詳しいので省略。

道化と再生への想像力 1976.03 ・・・ トリックスターとグロテスクリアリズムを、大岡昇平「野火」、ラブレー檀一雄「火宅の人」、バフチンを使って説明。これものちの「小説の方法」に詳しいので省略。


 状況については冒頭の「受け身はよくない」「言葉によって」「にせの言葉を拒否する」が重要。いずれも作家の社会に対する姿勢の基本。同じ言葉を繰り返し使って、社会やマイノリティに向かうことを訴えている。
 文学については、この後の「小説の方法」がまとまっているので、そちらを読んだほうがよい。状況に関しては、事態の全容をつかむには情報が少ないので参考用。運動の人ではないので、具体性に欠けているのでこちらも参考にならない。
 書かれた時代の雰囲気と作家の思考の流れを見るのにはよいかな。ファンと好事家向け。