odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

川西正明「謎解き「死霊」論」(河出書房新社)-1 埴谷雄高の担当編集者でのちに文芸評論家になったものによる「死霊」論。

  2か月かけて埴谷雄高の書いたもの(「文学論集」「政治論集」「死霊」)を読んできた。総仕上げは、埴谷雄高の担当編集者でのちに文芸評論家になったものによる「死霊」論。60年代後半に埴谷雄高の本を作ることから始まり、埴谷雄高の仕事の協力者として信頼厚く、作家の死後は「死霊」の自筆原稿を読み込んだ。俺のようなたかだか2か月の読みではなく、この「死霊」論を書くために5年読み継いだというから、遺漏のあるはずもない。

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 さて、高橋和巳によると、「死霊」のなかには全否定者がいて(三輪家の兄弟)、その対極に全肯定者がいるという。全肯定者になるのは、岸博士、津田夫人、津田安寿子、尾木恒子・節子の姉妹、「神様」と「ねんね」の姉妹。最初の岸博士を除くと女性ばかりで、第6章以降に存在感が増したひとたち。彼女らが「死霊」の構想をいかに変えたかは本文にあるので、ここでは言及しない。そのなかで安寿子と尾木姉妹は全否定者を理解しようとするもの。いっぽう津田夫人は常識論、岸博士は自然科学的現実主義で、全否定者の考えを覆そうとする人たちだという。なるほど、存在は素朴実在論でいいやと俺は思っているので、その線で読んできた。すなわち岸博士の立場で読んでいたわけだ。そうすると、作家の夢と宇宙の想像力による方法で書かれた「死霊」その他の文章を正しく理解してはいなかった。俺が「死霊」の感想に書いたことは、作者には笑止とでも思われるに違いない。
 本書でも、「虚体」「虚在」などの埴谷の概念は、著者の言葉で再構成されることはなく、文章を引用する。他人が別の言葉をつけ足したり、圧縮したりするだけで、作家の考えは変形されてしまう。でも、埴谷の晦渋な独特の文体は、簡単に理解することを頑強に拒む。それでもなお読み取ろうとする意思が必要。ここで多くの読者がふるい落とされるのだろうなあ。
 また本書がありがたいのは、物語としては未完になった構想を作者の言葉を利用して説明していること。どうやら第五章を発表した1970年代に埴谷は多くの対談をこなして、そこで構想を語っていた。自分が参照できたのは埴谷雄高/吉本隆明「意識・革命・宇宙」だけだったが、ほかにもいくつか対談があったらしい。それらを参照すると、首の宣戦布告、「ねんね」と「筒袖の拳坊」と「一人狼」の関係、「釈迦と大雄」の対話などの結末がわかる。でも注意しなければならないのは、以降の章を書くにつれて、1970年代の構想も変わっていき、そのまま実現したとは思えないこと。実際に書かれた第九章までに、構想は変形したか先取りされて書かれたと思える節もあるらしい。また第五章の発表にあわせて「完本」を作った際に、「近代文学」連載版や1948年の「真善美社」版を改稿したり、削除したりした。そのためにいくつかの構想はないものにされた(とくに「ねんね」と「筒袖の拳坊」と「一人狼」のところ)。
 それらを踏まえて著者は「死霊」は完結したと判断する。

 


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 2021/05/18 川西正明「謎解き『死霊』論」(河出書房新社)-2 2007年に続く

 

埴谷雄高訃報1997.2.19読売新聞

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