odd_hatchの読書ノート

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フィリップ・キュルヴァル「愛しき人類」(サンリオSF文庫) シュールリアリストの作者は世界の設定やガジェットの案出の方に気がいったらしく、物語の進行は滞りがち。

 フランスのシュールレアリストで作家のキュルヴァルが1976年に書き、翌年のアポロ賞を受賞した、という。

 奔放なイメージが錯乱し、いくつもの物語が同時に進行している。なので箇条書きにするしかない。
・20年前にマルコム(旧ヨーロッパ共同体)は国境を封鎖。防護柵を施して出入りを禁じる。「国」内は資本主義と管理社会のアマルガム。脳波測定が常習化され、カードで自分の位置がわかるようになっている。そのような監視社会になじめねいものは再教育キャンプに収容され、暴力的な社会で生き延びねばならない。なかには若者たちのグループがあって、自然主義的ないし芸術家的な生き方を模索している。
・マルコムの周囲にはペイヴォイド(旧発展途上国)があり、マルコムで起きていることにやきもき。ベルガゼンという中年男性をスパイとしてマルコムに侵入させた。マルコムの夢現教(夢を空間に投影する能力を持った者が他人の夢を信者にみさせる)司祭レオ・ブルームが海に投じた瓶に入れたメッセージを読んだから。ベルガゼンはブルームに捕らえられ、夢見の術を施される。
・マルコムには、時間流減速機という機械が製造販売されていた。それは時間の流れを遅くする機械で、労働や活動の生産性を高めるものであった(どうやら、相当に高い生産性とGDPを達成していて、それほど労働時間は長くなさそうだし、失業もない)。それを使って人々は余暇を過ごす。この機械の製造メーカーは情報大臣と組んで、新たな機械を国内で使用する計画を立てている。
・メーカーの重要人物シモンはエルザという女性と別れたばかり。彼女は美しいが麻薬中毒で、時間流減速機の副作用でもうろう状態。大臣の愛人もしたことのあるエルザは、放浪の末、レオ・ブルームの教会に流れ着く。
・シモンには義理の息子サエルがいる。こちらは芸術家肌で、管理社会になじめない。シモンに逆らうばかり。ある時シモンの家でエルザを見かけ一目ぼれ。彼女の後を追って、ときに同棲もするが捕らえられ再教育キャンプに行くことになる。
・再教育キャンプには、管理と監視の社会ののけ者、異端者が集まっている。若者は革命党をつくって、蜂起の機会をうかがっている。このキャンプにはフェレンチという生物学アーティスト(と自称するマッドサイエンティスト)がいる。ふしぎな昆虫を改造して、微小な虫が集まった人造人間を作り出した。それは人体構造をすっかり模倣し、意識をもち、しかも人体改造の能力を持っている「明日のミュータント」である。彼らは、再教育キャンプを脱出する。
 これらの人物たちがそれぞれ脈絡なく行動している。そこにおけるイメージは西洋のシュールレアリスムのもの。ヴァーチャル・リアリティ以前のものなので、振り返ると陳腐なのだが。
 最終幕には、メーカーの実験施設にこれらの人物が集まり、マルコムというシステムの恐るべき秘密が暴露され、生き別れた家族の再会がある。マルコムの時空連続体は強力な防護帯に覆われ脱出不可能。このおそるべきディストピアからのがれるすべはあるか……。
 どうも作者は世界の設定やガジェットの案出の方に気がいったらしく、物語の進行は滞りがち。それともフランス文学はこんなふうに散漫だったかなあ。ベルガザンの冒険、ブルームの陰謀、シモンの強欲、サウルの父親乗り越え、エルザをめぐる三角関係と複数の物語が同時進行。大状況では、マルコムとペイヴォルドの国家間の対立、時間流減速機による機械の支配、再教育と名付けられた絶滅収容所の恐怖と人間の退化。このディストピアのイメージにしても、個人登録と脳波測定というテクノロジー、それに加担する巨大企業というものだし、対抗する側は芸術による国家の解体か自然に帰れ式の国家の消滅くらい。ミュータントたちは宇宙に飛び出すが、さてそれは解放になりうるのか。という具合に、あんまり社会や人間を深く考えてはいないな。ノーマン・スピンラッド「星々からの歌」(ハヤカワ文庫)ロバート・ホールドストック「アースウィンド」(サンリオSF文庫)のフランス版というところか。初出時も大体同じだし。
 「フランスのSF」に価値を見出すものだけが読めばいい。