odd_hatchの読書ノート

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フーゴ・フォン・ホーフマンスタール「選集3 論文・エッセイ」(河出書房新社)-2

 続けて、作家論や作品論。19世紀末の評論は読むのが困難。なにしろ対象の作品を読んでいない。読むことができない。アルテンベルク、グリルパルツァー、ジャン・パウルなどという名前はそれこそマーラーやヴォルフやリヒャルト・シュトラウスらの歌曲でしか知らないぞ。
 登場する作家や作品は、ホーフマンスタールのあとの作家のリストに入っているのと同じだと思う。
ヘルマン・ヘッセ「世界文学をどう読むか」(新潮文庫)
 というわけで、ほとんどの文章はスルーして、自分の知っている作り手、作品について書かれているものを読む。


ザルツブルグモーツァルト百年祭 ・・・ 1891年(えっ、著者17歳の時の文章なの!)の没後100年を記念した祝祭に関する記事。この偉大な先達に対する敬意を持つ人はほとんどいなくて、俗物ばかりがいる(しかし、自分はごく少数の理解者のひとり)というのを婉曲に記述。スティーヴン・ギャラップ「音楽祭の社会史」(法政大学出版局)によると、今も継続されている夏のザルツブルグ音楽祭の始まりは1920年だったと記憶するが、それ以前からこのモーツァルトの町でフェスティバルはあったのだね。

ベートーヴェン1770-1920年 ・・・ 1920年ベートーヴェン生誕150年を記念する記事。ベートーヴェンの作品讃ではなくて、彼を産んだかつ彼の音楽に見られる民族と国家の讃。国民は民族統一の共通言語を必要とするが、ドイツではその一つがべートーヴェンの音楽であるとのこと。大戦敗北後の自信喪失を元気つけようとする意図だろうが、ベートーヴェンの音楽が普遍的な個人を描くことによって民族の本質を表すという指摘は危険。ハイデガーの「存在と時間」にでてくる「民族」をおもいだした。

ベートーヴェン ・・・ 同じく1920年の講演。ゲーテ、シラー、ヘルダーによって言葉にされた精神、民族を音楽化したのがベートーヴェン。われら国民の精神の象徴。1918年敗戦は、ホーフマンスタールの若い時代の理想や哲学を粉砕して、統合国家の理念を喪失させた。そこにおいて「保守的革命」家のホーフマンスタールはドイツ精神を持ち出さざるを得ない。厳しい戦い。おそらくアドルノはこういうベートーヴェン観を共有しないだろうと妄想。

オノレ・ド・バルザック ・・・ どうやら19世紀を通じてバルザックは通俗小説の書き手と思われていたらしく、作品の評価はかなり低かったようだ。そこにホーフマンスタールはバルザック再評価の狼煙をあげる。バルザックのすぐれたところは、細密描写、人物のタイプの造形、人生の諸相の提出、作品間の関連-変化-統合、作者が姿を現さない。思想や主張で評価するのではなく、技術で評価しているのですな。トリュフォー「映画術」で職人映画監督と思われていたヒッチコックを偉大な芸術家に格上げしたすることができたのに似ていると思った。


 著者の音楽観は、同時代のロマン・ロランよりもナショナリズムに傾斜していて、より観念的。ドイツの優位性の根拠を見ないといけないから、作品や作曲家を見ないで、それらが表象するものにフォーカスする。最初に建てた設定に引きずられた議論を展開する。なので、今読むと偏狭。でもこういう見方は次世代のフルトヴェングラーやフィッシャーなどに引き継がれ、1945年まで継承されていた。
 それでも1920年には自分が時代遅れになりつつあるのは自覚していたのではないかと妄想(当時著者は46歳)。表現主義の運動が始まり、リヒャルト・シュトラウスとの共同制作は終了間近。1920年代以降の文章や講演からは覇気が聞こえず、諦念と懐古が底に流れている。第1次大戦後のドイツでは表現主義ダダイズム新即物主義などの芸術運動が起きて、そちらに才能と感心が移ってしまったからなあ。

  

 訳者に百科事典的な知識を要求するわけにはいかないが、それでも指揮者アルトゥール・ニキシュを「アーサー・ニキッシュ」(P184、訳者中野孝次)とやられると、読む意欲が失われてしまうのだよなあ。