odd_hatchの読書ノート

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ヘルマン・ヘッセ「世界文学をどう読むか」(新潮文庫) 19世紀ドイツの教養主義が必読とした世界文学リスト。

 古本屋で入手。高校生のときに読んだ。読み始めたばかりの文学世界を一覧できるような本を探していたから。世界文学ではこの本に、モームの「読書案内」(岩波新書)を読んだけど、参考にはならなかったな。上下2冊であるのがあたりまえの大作ばかりで歯が立たなかった(それでも「白鯨」「赤と黒」「アンナ・カレーニナ」「罪と罰」まではどうにか文字をスキャンできた)。ヘッセの本に即して語れば、ドイツ文学に偏重しているのは作者の生まれだからしかたないにしても、そこで取り上げられる小説家の名前はほとんど知らなかった。なにしろ当時、文学史は国語の教科書付録をみるしかなかったので。
 結局、10年もしないうちに手放したが、現在品切れらしく入手が難しそうだったので、再度購入した。そして読み返したら、とても面白かった。文学史を真面目に勉強・研究したことはないが、クラシック音楽を好むようになり、作曲家が好んだ本を見つけているのがよかったようだ。ホフマン、シュトルツ、フーケーノヴァーリス、ゴットフリート・ケラー、ティーク、ブレンターノ、ハウプトマンなどの小作家あたりを岩波文庫の古本で拾ってきた。ヘッセの回想によると、19世紀終わりに中国で暮らしていたドイツ人が中国古典を独訳して、たいそう評判になったらしい。類書が続々と現れた。そういうひとつにハンス・ベトゲの「中国の笛」がある。この本の巻末リスト(当時のレクラム文庫の一冊)に載っている。このタイトルの本は、もちろんマーラー大地の歌」の元本だ。そういうわけでヘッセとマーラーがつながり、19世紀末から20世紀初頭の時代に関してあるイメージを持つことができる。
 ヘッセの選んだ本は19世紀末までなので、当時の現代作家は一人もはいっていない。トーマス・マンツヴァイクロマン・ロランアナトール・フランスあたりが抜けているのは残念。代わりに日本語訳があるのかどうかも怪しい古典が大量に入っている。この態度はヘッセが19世紀の教養主義にあることを意味していて、そのような生き方をできた最後の人であったと思わせる。
 原本は1929年の出版。世界的な不況の年だが、書かれたのはその直前とあって不安や暗さはない。それでも10年前の敗戦と民衆蜂起の記憶はあっただろうが、そのことには触れられていない。また同時代のマンのように「ドイツ」という民族・国家・観念に執着していない。そういう意味では非政治的な姿勢が(おそらくナチス政権下とそれ以後も)あって、この教養人を特異なものにしている。1970年代にヘッセはよく読まれたらしい。たしかにその少し後の学生生活で、多くの学生の部屋に新潮文庫の薄い青の背表紙が並んでいるのをみた。そういう好みは著者の態度に惹かれてのものだったのか。自分は好きではなかった。(ちなみに当時のアメリカではヘッセ、ヴォネガットトールキンが学生の三大愛読書)

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