odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

ヒッチコック/トリュフォー「映画術」(晶文社)

 トリュフォーは監督になるまえに映画雑誌の編集長をしたり映画評論を書いたりしていた。そのときからヒッチコックのファンで、何度もインタビューしていた。監督の名声が高まってから、ヒッチコックに長時間インタビューを申し込み、ヒッチコックが受諾したことから、このインタビュー集ができた。1967年に最初の版がでて、1978年に改訂版がでる。
 ヒッチコックはもちろんイギリスの映画監督で、生涯の作品数五十数本のほとんどがサスペンス映画だった。大ヒットを量産する監督であり、自分の名のついた番組を持っていた。大衆的人気はあっても、賞とは無縁で、評論家にはウケが悪かった。そのような職人監督に、ヌーヴェルバーグの監督かつ評論家が丁寧に尋ねる(トリュフォーは「汚名」「めまい」「サイコ」を高評価)。その結果、サイレント時代のいくつかの作品と最後の「ファミリー・プロット」を除いた作品の自作自註が生まれた。ヒッチコックの映画ではどうしてもサスペンスのストーリーに気が向いてしまうのだが(過去の自分がそう)、このインタビュー集を読むと、自分のうちに語りたいこと、(自分の)映画に対する確固たる考えがあり、そのうえで技術を開発し、仕事を効率的に運び、現場のみならず制作から脚本から宣伝までも実行できる万能人であることがわかる。サスペンスの巨匠であるのみならず、「サイコ」で異常犯罪者もの、「鳥」で動物パニックものの元祖となる、最高峰の作品をつくった(自分はここを評価する)。
 今回の読み直しでは、とくにメモを取ることはしなかったので、ヒッチコックの映画の考えを枚挙することができない。それでも「映画をエモーションで埋め尽くせ」「悪役が魅力的なほどよい」「視覚的な刺激を与える、もしくはドラマチックな興味を引きおこすものしか撮らない」などの興味深い言葉が記憶に残る。そのうえでトリュフォーが、ヒッチコック映画は殺人犯の末路を描くものと無実の罪を追って追われる主人公の苦闘を描くものの2種類があると指摘するので、おおよそのヒッチコック映画の輪郭を把握できる。
 まあ、そういう作品解説にかかわる部分も面白いのだが、今回はむしろ余談にあたるところの方に魅かれたかな。キャスティングに関する不満や愚痴、サスペンスと同時に進行する「ボーイ・ミーツ・ガール」または「マンハント(亭主狩り)」のもうひとつの物語のしかけ、特殊効果の工夫、題材選びと脚本化の苦労(ほかのことはほぼ思い通りになるのに、脚本家との関係はなかなかうまくいかない。とくに「見知らぬ乗客」でのレイモンド・チャンドラーとの確執)、などなど。別にそれを知ったからといって、映画を見るときの楽しみには変わりはないし、生活には不必要な知識なのだけど、映画の内幕を知るのは楽しい(ネットにあふれるヒッチコックの裏話や制作秘話のもとになっている)。そういえばヒッチコックは映画製作の現場についての映画をつくらないかとトリュフォーをけしかけていた。それがトリュフォーの「アメリカの夜」になったのだろうなあ、とも妄想した。あと、ヒッチコックの特に女優に対するこだわりやフェティシズム、ときにおこるハラスメントはここには書かれていない。これは知ってもあまり楽しくない。
 この本は、多数の写真をおさめ、原著にはない情報を追加している(「サイコ」のシャワーシーン全カットが収録されているとか)。資料としてとても重宝するのだが、B5版400ページで重く、活字は小さい。読むのが大変なので、文庫化を希望。

 ヒッチコック1920年代から映画監督をしているので、1950年代半ばまでに作られた映画はパブリック・ドメインになっていて、廉価で映像ソフトを入手できる。自分のヒッチコックの感想はアンビヴァレントで、たいていの作品には満足する一方で、巨匠といわれる人の傑作群と比べると不満が残るなあというもの。好きな作品、印象深い作品はあるけど、繰り返し見るほどの、あるいは熱中してみるほどの熱意を持つには至らない、そんな感じ。ヒッチコックとは2から3世代の年齢差があるので、映画のテンポ、サスペンスやユーモアにたいする好みなどが一致しなくなった。あわせて知識が増えるにつれて、ヒッチコックの映画にリアルを感じなくなった(おとぎ話に思えるのだ)。そういうところ。
 でも、五十数本の映画作品があり、30本以上を見たのだから、自分の好みを書いておいてもよいだろう。
バルカン超特急(1938)」
「救命艇(1943)」
「サイコ(1960)」
「鳥(1963)」
は文句なしだが、ベスト5に収めるもう一本が選べない。評価の高い「汚名(1946年)」「めまい(1958年)」はピンとこない。そうすると「裏窓(1954年)」か「北北西に進路をとれ(1959年)」かなあ、うーん。どうすべ。
 ベスト5には入れられないが、好みなのは「三十九夜(1935年)」「逃走迷路(1942年)」「引き裂かれたカーテン(1966年)」あたり。

 ヒッチコック映画では音や音楽、構図やカット割りのこだわりが強く、特に音楽のバーナード・ハーマン(「サイコ」「鳥」)との仕事もすばらしい。のちに決裂したのが残念なほど。
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 デザインのソウル・バス(「めまい」「北北西に進路をとれ」「サイコ」のオープニング)の仕事もすばらしい。
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