odd_hatchの読書ノート

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フィリップ・K・ディック「アルベマス」(サンリオSF文庫)-1

 これまでの長編と色合いがずいぶん異なるのは、PKDの経歴や体験がほぼそのまま書かれているため。もちろん、この国の私小説や、自伝のように、正確な情報を提供しているわけではない。想像力をふくらませたり、存在しない人物に評価を語らせるなど、フィクショナルな仕掛けがそこかしこにある。


 ロスアンジェルスにあるカリフォルニア大学バークレー校。太平洋戦争終了直後、のちに作家になるフィルは奇妙な同世代の学生ニコラスとであう。フィルは小説を書いては売り、どうにかSF作家として独立する。一方、ニコラスは軍隊訓練を嫌って大学を退学し、レコードショップの店員になる。いつかはなにものかになろうという野心もあったが、同棲しているレイチェルが子供を産んだために、バークレーに腰を据えた。そのころニコラスに神秘体験が訪れる。ドッペルゲンガーを見たり、砂漠の夢をみたらメキシコにそっくりの場所をみつけたり。1974年に手にしている紙からピンクの光が差し、子供ジョニーがヘルニアにかかっていて、緊急の手術が必要だという啓示をうける。医者に駆け込むと実際にそうであったことから、レイチェルやフィルはニコラスの妄想と思っていたことが、世界の真相ではないかと信じるようになっていく。
 すなわち、ニコラスは地球を周回する人工衛星から彼個人(のちに特定グループとされる)に対して情報提供が行われており、彼の行動や思考は人工衛星に組み込まれたコンピューターによる指示である。コンピューターは仮にVALIS(巨大で能動的な生ける情報システム)と呼ぼう。VALISは地球から離れたアルベマス星のプラズマ状生命体がつくったもの(それが電波を発信しているから原題Radio Free Albemuthがつけられた)。過去2000年前にも同様に人類に対する介入があった。それは地上の悪の支配に抗する戦いを支援するものであったが、人類の準備が足りないので、失敗してしまう(イエスを暗示)。今回1970年以降のものは、アメリカの全体主義化という危機(それもソ連の陰謀であるというなんともブッとんだ発想)に抗するためのものだ。今、アルベマス星から新しい人工衛星が送られつつあるが、あまりの遠さのために間に合わないだろう。そのうえ、地球を周回する人工衛星ソ連が発見したが、即座に核攻撃で破壊してしまった。アルベマス、VALISの声を聴く人はごくわずかであり、ニコラスはそれの使命を何とかして果たさなければならない・・・。
 ニコラスに起きた神秘体験はPKDに実際に起きたことであって(「ラスト・テスタメント」に詳しい)、その解釈をニコラス同様に大量のメモに書いた(一部は「我が生涯の弁明」にまとめられた)。そのようなPKD自身の体験を、フィクショナルな人物である作家フィル(かれは懐疑主義者なので神秘体験に距離を置く)と、音楽の業界人であるニコラス(感情の起伏が激しくコントロールできないうえ、衝動的で、自己破滅型)にわけて語る。ふたりの証言にわけることで、この神秘体験とVALIS信仰に客観的な根拠を与えようとする。それが成功したかというと・・・うーん、あまりに突拍子もないことで、しかし通俗的でスピリチュアルな物語にあまりに一致していて、そのうえPKDの初期のスペースオペラに出てくるような設定に極めて近いので、どうかしら。細かい批判は、このあとに書かれた「VALIS」の感想で書くことにしよう。20代で読んだときには、よくわからないがすごい(とくに初期キリスト教に近しい話が出てくるところなど)という感想だったが、今日ではもう無理だな。
 作中にもあるが、未来予知はかならずしも個人の自由を達成するものではない。予知された未来を実現しようと、個人の行動を制約するようになる。陰鬱な運命論的諦観をもち、決定論の犠牲になるのだ(そのような例として長編「ジョーンズの世界」がある)。それは、ニコラスやフィルにも当てはまること。明晰夢が実現したり、子供の疾患を告げられるというような成功体験が彼らの行動を縛り、もともと軍国主義全体主義に反対するニコラスの行動がさらに強化されていく。もともとの行動のモチベーションが神秘体験にあるから、他人の共感をあきらめていて(ニコラスはレイチェルとフィルの内輪にしか打ち明けていない)、孤独であるが、しかし共感を示す「同志」には強い連帯感をもつ。秘密結社に入るような人たちの行動性向はこんなかんじではないかしら。

 2010年に「アルベマス」がジョン・アラン・サイモン監督によって「Radio Free Albemuth」のタイトル(原題と同じ)で映画化されていたらしい。全然知らなかったぞ。ググってみても情報がほとんどない。
■予告篇 フィリップ・K・ディック原作、ジョン・アラン・サイモン監督『アルベマス : Radio Free Albemuth』iTune公開中: ★究極映像研究所★
 予告編。
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2018/06/29 フィリップ・K・ディック「アルベマス」(サンリオSF文庫)-2 1985年