作中に映画「VALIS」(ストーリーは「アルベマス」の自由な翻案)が登場する。ストーリーは把握しがたいほどに自由奔放 に飛び、そのうえ、見るたびに内容が変わるという不思議なもの。さらにストーリーより画面に情報がたくさんあって、さまざまなシンボルを読みとくことが要求される(まあ、若者には解読能力がなくてもサブリミナル効果でVALISのメッセージを受信できるとされる)。このガジェットはいつものPKDらしい。
映画の音楽はプレント・ミニなる人物のつくったもので、コンピュータででたらめな音をつくったシンクロ音楽だとされる。
小説「VALIS」の初出は1981年(1978年12月7日SMLA受理)で、当時はアナログシンセサイザーがあったくらい。でもその数年後に、サンプリングマシンとマッキントッシュコンピューターが販売されるようになって、なんと「VALIS」がオペラ化された。作曲者はTod Machover。手元に「銀星倶楽部」フィリップ・K・ディック特集号(1989年8月)があり、そこに制作の事情が書かれている。
シンプルにまとめると
・1984年ころにオペラ化が企画される
・1987年12月にパリ・ポンピドゥーセンターで初演。
・1989年にCDが出る(なんと日本の家電メーカー・サンヨーが援助している)
・日本初演は1990年東急bunkamura シアターコクーン で行われた。自分はNHK教育TVの番組でちらと見たことがあるが、全曲は放送されず。
サンリオSF文庫版350ページをそのままオペラ化することはせず、かなり切り詰めている。登場するのは、フィルとファット、グロリア、ストーン博士、エリックとリンダのランプトン夫妻、ソフィア。後半は映画を見に行くのではなく、ロックコンサートに行ったことになっている。
音楽は、数人の歌手の他は、ピアノとキーボード、パーカッション他打楽器多数、二台のマック。このマックが舞台の音を収録しては変調して流すというような仕掛け。当時としては最先端の技術を反映したもの。日本初演をレポートした新聞記事を参照。記事を書いたのは藤枝守氏で、当然のことながら若い(!)。
ネットでは部分的に聴ける。
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四半世紀を過ぎると、音楽の新しさはなくなった。テクノやロックやミニマル(雑誌の記事ではゴスペルやラップも<ニュー・エイジ>もというがそうかなあ)を折衷しているのも当時の趣味。技術もシンプルに過ぎる(たぶん現在のスマホは、当時の最新機器以上の機能をもっているのではないか)。舞台には数十台のモニターが置かれて、さまざまな映像が流されたというのも当時の趣味だ(廃墟に残されたモニターに断片的な映像が流れるというのは、ナム・ジェン・パイク以降の現代美術がよくやった趣向。片鱗がベルリン・ドイツ・オペラの「パルジファル」に残っている。ハリー・クプファー演出、ダニエル・バレンボイム指揮 ベルリン国立歌劇場 1992年ライヴ )。16:30からの第2幕花の乙女のシーン。
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1990年代の前半にTod MachoverのCDを数枚買って聞いた。同工異曲。「VALIS」に集大成されているので、この人の音楽を聞くなら「VALIS」ひとつあれば十分。ネットでみると、Symphonyを書いたりしているようなので、エレクトロニクスやコンピュータ―音楽に拘泥しているわけではないらしい。