odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

フィリップ・K・ディック「ウォー・ベテラン」(現代教養文庫)

 早くからPKDを紹介してきた仁賀克雄さんが編集したPKDの短編集(1992年12月初出)。「人間狩り」「ウォー・ゲーム」と続いた三冊目。これで編集はいったん区切りをつけるとのこと。収録短編はすべて本邦初訳。

「髑髏」 The Skull 1952 ・・・ 22世紀。ハンターが呼び出され、200年前に教会を設立した男を殺せという。彼は科学技術を破棄しろと演説をして死に、何度か生き返った。今を改変するためにハンターを過去に送ることにしたのだ。1960年、マッカーシズムが続いている田舎の町に到着する。細部がピタピタとはまり、大きな構図ができる。あるいは自信のない男がプライドを獲得するまで。

「生活必需品」 Some Kind of Life 1953 ・・・ 火星で、金星で、土星で、地球人の生活に必要な物質がある。原住民との軋轢を叩き潰しても、資源を獲得しなければならない。戦線の拡大につれて、男、子供、女性が徴用されるようになる。オリオン星人が地球でみたものは・・・。アルジェリアベトナムなどで植民地支配から脱する戦争があった時代。

「造物主」 The Infinites 1953 ・・・ その小惑星に着陸したとき、強烈な放射能が発射されて、宇宙船は自動退避した。48時間後、飛行士たちが発見したのは、数日で数百万年進化した自分らの姿。地球に帰るか帰らないかで議論がわきたったとき、幻影のようなものが現れる。飛行士より先に放射能を浴びたために、数千万年の進化を遂げていた。ほぼ同時期にヴォークト「宇宙船ビーグル号」1950年があるのに、こちらはすごい相対主義。地球人の限界を皮肉に語る。でもさわやか。

「トニーとかぶと虫」 Tony and the Beetles 1953 ・・・ オリオン星系は後から入植してきた地球人が「カブト虫(地球人による侮蔑語)」と共生していた。そこに地球が宣戦布告する。昨日までいっしょに遊べた地球人の子供(オリオン星系生まれ)は、「カブト虫」の子供たちと一緒に遊べない。逆にヘイトスピーチを浴びせられ、リンチに会いそうになる。地球人「オリオンは盗んだ土地だ」。第二次大戦で同じことが、ドイツ(対ユダヤ人)で、アメリカ(対日本人)で、日本(対中国人、朝鮮人)で起きた。アメリカはベトナムで経験する。70年前のSFが現在(2017年)の地球上でリアリズムになった。衝撃の一編(ただし共生に向かわず、報復になるのは時代の制約)。

「火星人襲来」 Martians Come in Cloud 1954 ・・・ 火星人が襲来した。子供は近くの木の上に、老いぼれた火星人を見つける。砂漠化して故郷に住めなくなった火星人は水が欲しいだけ。子供は大声を出し、大人を呼ぶ。火星人は難民や「共産主義者」のメタファー。異邦人を拒否する社会の暴力化。草の根の監視社会。(参考は エラリー・クイーン「ガラスの村」ハヤカワ文庫 )

「ウォー・ヴェテラン」 War Veteran 1955 ・・・ 地球人、金星人、火星人の住む地球。地球人による金星人と火星人差別が日を追って激しくなり、自警団によるテロが横行するようになった。町の公園に佇む老人が金星・火星と地球の戦争の戦闘の思い出を語っている。詳しく聞くと、80歳越えに見える老人の生年月日は今から15年前。ウォー・ヴェテラン(退役軍人なのだろうが、ヴェテランの語が持つ含意がここではふさわしい)の老人は未来の戦争を記憶している。しかもその戦争では地球は負けて人類は滅亡しているのだ。地球人と金星人のグループがそれぞれ老人から詳しい情報を獲得しようとする。地球人が破滅回避のために、金星人は自星の勝利のために。そして現在生きているはずの少年時代の老人(ややこしい)が軍に志願するのを保護することも準備される。地球と火星・金星の間の緊張は高まり、一触即発の危機が迫る。最後のどんでん返し、地と図の反転が見事に決まる。あるいは「We Can Build You」の先駆のアイデアにも驚きを。しかしそれよりもパニックやデマによる国内のジェノサイドやヘイトクライムの頻発が21世紀の現在にリアリティをもつことに愕然。初読の1992年には、差別煽動の恐怖、移民・難民嫌悪はこの国ではどこか遠い話だったから。


 編者の意図は明確で、戦争と差別煽動の危機を描いたものを集めた。書かれた当時のアメリカは、国内ではマッカーシズム、国外ではソ連との核開発競争。核戦争の恐怖があり、核攻撃に対する民間防衛が真剣に行われ(中身はこの国の戦時中の空襲対策の心得を大差ない内容)、「共産主義者」のスパイが暗躍しているというデマが信じられた。ときにパニックが生じ、国内で差別煽動があった(E・L・ドクトロウ「ダニエル書」サンリオSF文庫リリアン・ヘルマン「眠れない時代」サンリオSF文庫がその時代を描いている)。
 PKDの小説は大衆雑誌に掲載されたので、当時の状況をそのまま反映したわけではない。地球人は惑星間飛行ができるようになり、金星人・火星人・木星の衛星人などと交通し、場所によっては共生が進んでいる。そのような未来であっても、差別や異邦人排斥の感情が根強く残り、ときにジェノサイドやヘイトクライムが発生してしまう。読後、小説の余韻を楽しんだあとに思いをはせると、ヘイトクライムにあう金星人や火星人がアメリカ国内にいる移民であることに気付くだろう。なにしろPKDは金星人の手には水かきがあるとか、身体的なスティグマがあり、それが差別の理由にされるのだ。もちろんそこにはナチスによるユダヤ人に黄色い六芒星を付けさせたことを想起させる。PKDの批判の矛先は明確。
 小説では予定調和のハッピーエンディングが用意されている。そこは時代とメディアの限界。でも、PKDの描いたことは読者に明確に伝えられる。この短編集の収録作は70年ほど前の古い作品だが、21世紀にこそ重要。