odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

柳広司「虎と月」(文春文庫)

 中島敦「山月記」には後日談があった!
 李徴が虎になったと袁(えん)さんが報告してから10年後、李徴の息子は疑う。失踪当時4歳で詳細は理解できなかったが、母が、世間がそのようにいう。父が虎になったというなら、自分もいずれ虎になるのではないか。事実、村の悪童の喧嘩に巻き込まれ逆上したとき、記憶は途切れ、そのあと十数名をたたきのめした自分を発見した。以来、同年代の友達は消えた。そして「虎」のあだ名で呼ばれ、恐れられる。虎となって人間の姿を失うことが怖い。
 そこで14歳になった息子は家出をして、袁さんに事情を詳しく聞くことにした。しかし兵部省の高官である袁さんは屋敷にいない。そこで、息子は最後に父の姿を見たという村に出かけることにする。頃は、安禄山の乱から10年、平定されて6年。唐の治安は長安でこそ保たれていれが、道を下るにつれて物騒になる。村にたどり着いたとき、息子は役人とのトラブルに巻き込まれ、再び逆上して木っ端役人をたたきのめしてしまった。村人の敵意が向けられ、酒家にいずらくなる。そこに白髪の老人が手招きして、酒をおごらせた。酔客のたわごとを聞いているうちに、次第に父・李徴の本心が見えてくる・・・

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 まあ、こんな感じ。中島敦の短編は原稿用紙10枚たらずのものか。そこに書き込まれた微細な情報を拾い、時代を考えることによって「山月記」に書かれたことをひっくりかえす。社会学のモチーフ(上のサマリーに仕込んでおいた)を入れることがここでの眼目。さらに「山月記」に収められた李徴の漢詩を読み直す。そこでも意味のひっくり返しが起こる。
 ここらの手腕は「贋作『坊ちゃん』殺人事件の方法と同じ。よく練れています。
 ただ、途中の記述がなんとも冗長で。元の短編では数語しか使わないで町や酒家や路上を描写しているのに、こちらではなぜ数ページも使うのか。主人公を14歳の少年にしたおかげで、察しの悪さにもほどがある。酒家でのボーイ・ミーツ・ガールの話もいらんわ。みたいな八つ当たりをしたくなったが、あとがきを読んで氷解。もともと10代前半の「ヤング・アダルト」をターゲットにした企画だったわけね。それなら、この冗長さやハッピーエンド(父親との和解と乗り越え)もわかる。
(初老のおじさんとしては、もっと年を取って、尾羽うち枯らして絶望した30代が父親探しにでるという、50ページくらいに圧縮したもので読みたかった。)