odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

ロバート・マキャモン「奴らは渇いている 上」(扶桑社文庫)

 1981年作。この前に「バール」「ナイト・ボート」「ベサニィズ・シン」(「ナイト・ボート」以外は未訳)の長編があるが、この第4作でベストセラー作家の仲間入りをして、モダンホラーのトップの一人に名をあげた。まあ、キングはともかくとしてそれ以外のだれをトップにするかはひとそれぞれだろうとは思うが。

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 吸血鬼もので、キング「呪われた町」によく似たストーリー。というか、侵略型吸血鬼(エイリアンでも人造怪物でも)はこういうストーリーになるしかないので、マキャモンの落ち度ではない。似たようなストーリーのB級C級ドラキュラ、モンスター映画はごまんとある。ただ、この作のユニークなのはとてもスケールの大きなところ。
 前日譚をまとめると、
ハンガリーの山奥で吸血鬼事件があり、山里の村が壊滅した。そのときに逃れた母子がこの「奴らは乾いている」事件の主人公の一人。事件はおそらく第2次大戦前後で、この母子がアメリカに逃れるにはたいへんな苦労をしていると思われる。
・どうやら吸血鬼のリーダーのひとりは、第2次大戦かその後の共産主義国家の誕生を契機にして海を渡ったらしい。たぶんひとりの従者(これは人間)をつれて、極秘に侵入した。上陸したのはニューヨーク(移民受け入れの街だからね)。
・それ以後、吸血事件や墓地荒らし事件がときどき起きていて、それは次第に西に移動している。その過程で、キングが報道した「呪われた町」事件が起きたとみてもよいかもしれない。
・そして1980年、ロスアンジェルスに吸血鬼プリンス・コンラッドが登場する。
・この吸血鬼、どうやら中世ハンガリーの領主の息子であったらしい。老師ヘッドマスターに選ばれ、山中で吸血鬼としてのエリート教育を受ける。しばらくして領主の城にもどり、人間を全滅させ(そこにはオイディプス・コンプレックスもあったらしい)、根城にした。深い眠りと覚醒を繰り返し、覚醒時には周囲の村を襲って飢えをしのいでいた。冒頭のハンガリーの山村の事件はそうしたものらしい。老師ヘッドマスターの指導も十分と思えたのか、ハンガリーの山奥が危険となってきたのか、上記のように移動を開始した。ねらいはひとつ、吸血鬼の王国をつくること。
コンラッドは機が熟したと考えて、1980年あたりに大侵攻を開始。てはじめに、町のならず者、チンピラ、バイカー、サイコパスなどにテレパスで指令を送り、軍団の指導者にすえる。彼らを不死にすることで永遠の忠誠を誓わせる(このとき、「リビング・デッド」たちはそれぞれ欲望を持ち、自分の判断をしている。吸血鬼になっても意思というか知情意はコンラッドの意のままにはならない。ここは新しい設定ではないかしら)。
あたりを押さえておくとよい。
 舞台をロス・アンジェルスにしたのは慧眼というべきか。まずはこの都市にはハリウッドという人工の都があり、アンモラルな出来事をしでかしてもめだたないという利点がある。吸血鬼はクロンスティーン城という廃屋を根城にするが、これは1920-30年代のホラー映画のスター俳優が建てたもので、金に飽かせてハンガリーから城を移築したもの。こういう金の無駄使いはハリウッドのスターにはあったこと。しかも10年ほどまえに猟奇的な殺人事件がおきて廃屋になっている。こういうのも古城や貴族を持たないアメリカで吸血鬼や幽霊屋敷を物語るときには必要になってくる。つぎには、この町の多文化共存。アングロサクソンラティーノ、ヒスパニッシュ、東欧・スラブ系、アフリカ系、東アジア系、西アジア系など出自を異にするさまざまな人々がいて、角つき合ったり、協力し合ったりして暮らしている。そこに経済の格差もあって、差別もある混沌とした社会になっている。吸血鬼が悪の軍団を作るとき、それがめだたないくらいの街の奥行があるのだ。さらには、ヒッピー、カウンターカルチャー、ドラッグなどの1960年代からの若者の騒々しい文化があること。そこにカルト宗団も入る余地がたくさんあって、例えばマンソン・ファミリーの事件の記憶などが残されている。アメリカの暗部が凝縮してあるような象徴になっているのだな。
 そのうえで、ロス・アンジェルスが四囲を海、山脈、砂漠に囲まれて周囲と隔絶されていて、数百万人の人々が住んでいること。吸血鬼が全面的に進攻するとき、この街の特性が生かされる。なるほどロス・アンジェルス全体が「嵐の中の山荘」「孤島にある別荘」になってしまうわけだ。(サンフランシスコもふさわしそうだが、こちらはもっと上品な街で、人口が少なく、周囲と途絶していないので、この物語には似合わない。)

 

2019/04/02 ロバート・マキャモン「奴らは渇いている 下」(扶桑社文庫) 1981年に続く