odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

トム・リーミー「沈黙の声」(ちくま文庫)

 誰だったか、サーカスをテーマにしたファンタジーの傑作には、ブラッドベリ「何かが道をやってくる」、C・G・フィニー「ラーオ博士のサーカス」、それにこの「沈黙の声」があると言っていた。そのときにはサンリオSF文庫は絶版になっていたので、入手できなかったのだ。ちくま文庫で再刊されたのを読んで、そのとおりであることを知った。

 「夏ののどかな田舎町に見世物の巡業がやってくる。町の3人の少女たちは巡業で異形のものたちと出会い、それぞれが異なる存在に魅せられてゆく。そのころ、異形のものたちと、彼らを支配してきた団長との力関係が微妙に崩れ始めていた……。田舎町の夏のノスタルジックな雰囲気と、思春期の少女たちの熱に浮かされたような思い・性の匂い、そして背後に闇をはらんだ異形のものとの出会いが見事に絡んだ傑作。少女たちそれぞれに降りかかってゆく運命とは……?」

 不思議なのは、上記の3作がいずれもアメリカ深南部と呼ばれる地方を舞台にしていることで、海をまたぐとプエルトリコにはブーズー教があったり、黒人霊歌がたくさん作られたところであったり、アメリカの中ではとても霊的なところなのだ。これらにロバート・マキャモン「ミステリー・ウォーク」(福武書店創元推理文庫)、トマス・トライオン「悪魔の収穫祭」(角川ホラー文庫)を加えると南部のファンタジー・ホラーの傑作がすべて集まる。
 サーカスという異時間・異空間・異人が来ることによって、その場所が活性化する。退屈な生活が突如として、摩訶不思議な魅惑に満ちたところに変貌するのだ。そのうえ、主人公たちが思春期に入ったばかりであるとなると、さらに世界がうごめきだして、あらゆることがセクシーで美しくなるのだ。3人の少女がサーカスの怪人とそれぞれに出会うことによって、大人に変貌していく。そのことがとても懐かしい筆致で描かれていく。
 「ファンタジー」と銘打たれてはいるが、ストーリーでは残酷なことが生じている。数人の死者が現れ、悲痛を経験しなければならない。しかし、それは現実の世界でも経験することであるのだから、避けておくわけにはいかない。そのあたりの事情は苦労人で40歳を過ぎてから小説を書き始めた作者は充分に承知していた。残念ながらこの作を書いた後、作者には生の時間が残されていない。この小説と「サンディエゴ・ライトフット・スー」(サンリオSF文庫)しか入手できるものがない。