odd_hatchの読書ノート

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ロバート・マキャモン「スワンソング 上」(福武書店)-2 人間の善意や好意を信じ協力や交通による再建を試みるグループと他人を出し抜き世界を征服と破滅をもくろむグループの徒歩の長い旅。

2019/03/21 ロバート・マキャモン「スワンソング 上」(福武書店)-1 1987年の続き

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 小説はおもに3つのグループに焦点を当てる。
 シスター・クリープという中年のバッグ・レディ。酒を飲んで車を運転し、事故で子供を亡くした。そのときからニューヨークの場末をうろついている。爆発に遭遇した後、ジュエリーショップの前で、いくつもの宝石が熱で溶かされ固まったガラスのリングを手に入れる。そのリングは触れると熱と光を発し、ドリームウォーク(通常は明晰夢とか夢遊病者のようなという意味らしいが、ここでは文字通り人の意識に直接投影される映像である)する。他の人は過去の懐かしい重大なできごとをみるが、シスターだけは荒野に起こる何かを見る。破壊された土地で、彼女は生きる意味を問うが、つまりはドリームウォークで見たなにかと会うことがこれからの目的であると確信する。すなわち、彼女はこう答える。

「この世でもっとも価値のないものでも、美しくなりうる。ちゃんと手を加えさえすれば。腰をあげ、立ち上がって、生きてゆきたいと思った。(略)この世の美しいものが、まだ全部は滅びてしまっていないんだって、信じたいのよ。美しいものを護ることができるんだって、信じたい(上P309-310)」

 彼女の口癖は「一度に一歩ずつ(One step at a time)」。
 マキャモンの小説ではこのような美的なものに価値や意味を見出す人々がたくさんいる。彼の小説の主題だ。その美的なものは具体的な個物や人物ではなく、もっと抽象的で概念的なものに向かうのである。
 もう一つのグループは、ジョシュ・ハッチンスという黒人の巨漢プロレスラーとスー・ワンダ(スワンと呼ばれる)の二人。プロレスラーは田舎の二流レスラー。旅の暮しに慣れて、すっかり自堕落な暮らし。家族とも連絡をほとんど取らない。スワンは母や義父にDVやネグレクトを受けている少女。数カ月おきに母は別の男と同棲し、けんか別れするので、引っ越しの連続。友達のいない孤独な生活。彼らが田舎町のストアで休憩しているときにそれが起こる。地下室に閉じ込められた二人は、死んだ店主に「その子を護れ(Protect the child.)」と命じられ、脱出を試みる。スワンの寝たところには、植物が芽吹いている(陽の射さない地下室で!)。彼らが脱出するシーンは、シスターのドリームウォークにかさなり、彼らがいずれ出会うであろうと予感される。
 このグループは人間の善意や好意を信じ、リソース(食料や燃料、衣服など)を分かち合う。世界や共同体の破滅したところで、協力や交通による再建を試みる。
 みっつめのグループは、民間核シェルター「アース・ハウス」のリーダー・マクリン大佐(口癖は自律と自制discipline and control)とそこに入ることになった少年ローランド・クローニンガー。前者はベトナム戦争の帰還兵。頭のなかの「シャドウ・ソルジャー」が他人を出し抜いて生き延びろと命じる。後者はゲームオタクでミリタリーオタク。爆撃でアース・ハウスがつぶれた後の状況をゲームと把握する。彼らは、他人は抑圧するか、蹂躙するものだと思っている。無資源の荒廃した世界ではゼロ・サムゲームが起きていて、善意や好意は役に立たないと確信している。銃やナイフなどで武装し、敵対するものには反撃する。不正義を一身にまとった連中。
(以上の人間のグループはいずれも家族に問題を抱えているところに注目。シスターは事故により家族を喪失、ジョシュは放浪のレスラーのため家族とは疎遠、スワンは両親のDVに怯えていて、クローニンガーはミドルクラスのオタクで両親を小馬鹿にしている(こいつの家族との別れは衝撃的)、マクリンはベトナム戦争の帰還後家族をもてない。こういう共同体からはじかれた者たちが、地縁や血縁によらない擬似共同体を再構築しようという小テーマも小説にはある。彼らの家族の回復の様子にも目を向けるようにしよう。)
 これに名前も姿も千変万化する「緋色の眼の男(The man with scarlet eyes)」がトリックスターとなって、世界の破滅と人類の消滅を目指す。生き延びた人間たちのグループに憎悪と不信をまき散らし、敵対を促進させるのだ。それによって、全面核戦争と同じような破壊と殺戮を再演しようとする。
 最後の「緋色の眼の男」を除いた3つのグループはそれぞれ幽閉される。シスターらは孤島になったマンハッタンに、ジョシュとスワンは地下室に、マクリンとクローニンガーは地下に陥没したシェルターに。そこからの脱出は、擬似的な死と再生。この試練を乗り越えることによって、かれらは自分らの本性を確認する。ことにクローニンガーは岩に挟まれたマクリンの腕を切断するという試練がある。マクリンにとってはへその緒を切る出産そのものであり、クローニンガーには無制限の暴力(とそれを肯定する論理)が授けられる。
 以上、第1章から第5章までの要約。英語表記にした語句は作中で何度も繰り返される。覚えておこう。

 

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