odd_hatchの読書ノート

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アガサ・クリスティ「ヘラクレスの冒険」(ハヤカワ文庫)-2

 続いて後半。

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クレタ島の雄牛 - The Cretan Bull(1939年) ・・・ 婚約者が突然婚約を破棄するといいだした。代々男に狂気が現れる呪われた一族だから。最近は悪夢を見て(凶暴な牛が暴れている)、眼が覚めると血だらけになり、靴が泥で汚れ、家畜が殺されている。結婚相手の娘が家にとまると、とうとう夢遊病のように手を出してしまった。クイーン「十日間の不思議」1948年と同じ事件とストーリー。ポアロは失敗しなかったし、聖書も現れなかった。

ディオメーデスの馬 - The Horses of Diomedes(1940年) ・・・ 退役将軍の家で騒ぎがあり、治療にいった医師が見つけたのはコカイン。娘は常習者になりかけている。娘に麻薬を与えたのはだれか、というようなあいまいな捜査。でもある瞬間に、地と図が反転してしまう。のちの「バートラム・ホテルにて」などの前駆。

ヒッポリュテの帯 - The Girdle of Hyppolita(1939年) ・・・ ルーベンスの絵が盗まれた。女学校生徒がパリ旅行に行く途中、目立たないおとなしい生徒が移動中の電車から失踪。のちに線路の近くで麻酔で眠らされているのを発見した。ポアロが発見したのがタイトルの絵。これはうまい。「死者のあやまち」で同趣向のトリックが使われた。

ゲリュオンの牛たち - The Flock of Geryon(1940年) ・・・ 新興宗教に熱を上げて全財産を相続して死亡した人が3人もいると、「ネメアのライオン」事件の関係者がポアロに注進にきた。彼女の「犯罪頭脳」に有望さを感じてポアロは潜入捜査を依頼する。だが、彼女は宗教のとりこになってしまう。頭のよい中年女性の冒険譚。後年のポアロ譚に登場するアリアドニ・オリヴァの前駆。

ヘスペリスたちのリンゴ - The Apples of Hesperides(1940年) ・・・ 10年前に盗まれた金の盃(ローマ由来の骨董品)を取り返してほしい。ルパン譚のような聖杯探索。以下はブラウン神父譚みたい。

「あまりにも不幸だったために、幸福とはなんであるのかを忘れてしまったのです。自分が不幸であることを知らないほど不幸なのですよ」/「ああ、お金持ちなんですね」(P419)」

ケルベロスの捕獲 - The Capture of Cerberus(1947年) ・・・ 20年前に逮捕した窃盗壁のある公爵夫人。久しぶりに会うと「地獄」に来てという。最新のナイトクラブ「地獄」は、警察の調べによると、麻薬取引の現場で、盗品の宝石を売りさばく拠点だった。手入れを行ったものの、麻薬が見つからない。ポアロはタイトル通りのケルベロス(地獄の番犬)を捕獲する。かくして、ヘラクレスの12の冒険が終了。最後の短編だけ発表時期が遅れた。

 

 「ポアロの事件簿」「おしどり探偵(二人で探偵を)」を読んだときは、クリスティの短編は面白くないなあ、「ウグイス荘」だけが特異な傑作だったのかと思っていたけど、誤っていました。この短編集はよいでき。ポアロ依頼人が来て事件の概要を説明するという古風なフォーマットを採用したのがほとんどだが、そこでの会話が生き生きしているし、そのあとの展開もスピーディ。警察の調書を読むような報告もない。とりわけ中年女性の描写は筆が踊っていて、とても印象的。短編の長さがまちまちなので、クリスティへの字数制限などの制約はあまりなくて、好きに書けるようになったのかしら。
 この短編集が地味に思われるのは、盗難や失踪がほとんどで、死体がでてこないところかしら。不可能犯罪だ、密室だ、嵐の孤島だなどの趣向がほとんどなくて、ときに「日常の謎」のような犯罪と呼べないような「事件」もある。それでもトリッキーな趣向があるので、飽きることがなかった。
 どれもおもしろいが、とくに「ネメアのライオン」「ヒッポリュテの帯」「ディオメーデスの馬」がよい。「ヘスペリスたちのリンゴ」はラストシーンが印象的。