odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

早川書房編集部「アガサ・クリスティ読本」(早川書房)-1

  1978年12月。通常だと、クリスマスにクリスティの新作が発売されるが(英語圏)、1976年に亡くなったのでもう新作はない(「カーテン」「スリーピング・マーダー」は発売済)。そこで、書肆は追悼の評論集を出した。

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クリスティ、人と作品
簡潔さの女王(エドマンド・クリスピン) ・・・ 1-2時間現実を忘れられる小説の書き手。巧妙なしかし複雑ではないプロット。簡潔な描写(性癖の集積でできたキャラクター)、ほとんどが会話で、動きがなく、暴力やセックスを回避し、イギリスの中産階級が世界中どこでも同じであると思わせる。辛口だけど適切。

純英国的レディ(マイクル・ギルバート) ・・・ クリスティの伝記。

クリスティ語る(フランシス・ウィンダム) ・・・ 純英国的レディのインタビューなど。

売れ行き倍増事件(エリザベス・ウォルター) ・・・ クリスティの出版事情が書いてある。要点は、
1.クリスティの小説は、イギリスではコリンズ社が独占販売。アメリカではドッド・ミード社が販売していた。(なので、アメリカ版はイギリス版と異同がでることがある。有名なのは「三幕の悲劇」。60年代に「クリスマスにクリスティ」フェアがでて同時販売になってからは、同じ内容。)
2.「アクロイド殺し」1926年と直後の失踪事件でクリスティは有名になったが、販売部数は5000-8000とベストセラー作家ではなかった。
3.1万部を超えたのは1935年の「三幕の殺人」から。以降、売上は1作ごとに倍増するようなベストセラー作家になる。
4.1935年になってペンギンブックスが創刊され、クリスティの作品もペーパーバックで出るようになった。
(この情報(古いものなので正確かどうかは確認しようがない)に基づいて妄想すると、デビューからしばらくはクリスティの書いたものは古めかしい。昔ながらの形式を忠実になぞっているが、そこまで。なので売れない。「アクロイド殺し」はこの時代のほぼ唯一の話題作だが、あのトリックを除いた物語部分はあまりおもしろくない(なので英語でクリスティを読もうという企画で「アクロイド殺し」を選択するのは無謀だなと思った)。そのクリスティが変貌して、独自の書き方や形式を見出したのは1934年から。作品でいうと「オリエント急行の殺人」「三幕の殺人」「ABC殺人事件」あたり。まだ自分には具体的なところを指摘できないけど、ストーリーテリングと人物描写と風俗描写が冴えて、世界的な傑作になった。アメリカのヴァン・ダインやクイーンがやっていた探偵小説の純粋化とは別の方向で、探偵小説の枠組みを変えたように思う。探偵小説の書き手はたいていデビューからしばらくの間が絶頂期になるのだが、クリスティは10年以上のキャリアの後に絶頂期になったというのも、稀有な存在だった。)

思い出 ・・・ 中村能三※、植草甚一田村隆一※、飯島正※、都筑道夫、西村京太郎。いずれも訃報直後に書かれた。※をつけたのはハヤカワポケミスEQMM(のちハヤカワ・ミステリ)の創刊当時を思い出を書いたもの。1950年代の海外ミステリ受容の貴重なお話。

 

2020/09/22 早川書房編集部「アガサ・クリスティ読本」(早川書房)-2
2020/09/21 早川書房編集部「アガサ・クリスティ読本」(早川書房)-3 に続く