odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

三島憲一「現代ドイツ 統一後の知的軌跡」(岩波新書)-2

2020/10/02 三島憲一「現代ドイツ 統一後の知的軌跡」(岩波新書)-1 2006年の続き

 

 前半が広義の国内問題であり、後半は国際問題や外交問題

f:id:odd_hatch:20201001083724p:plain

第5章 新たな国際情勢の中で ・・・ 90年代にヨーロッパの周辺で戦争や内戦があった。アメリカとイランの湾岸戦争、旧ユーゴスラヴィアの内戦。アメリカやロシアが介入し、EU内では支援するところもあれば(ユーゴ内戦へのイタリアなど)、ドイツのように金銭拠出にとどまるところもあった。実際はドイツは国連軍の補給・修理などの後方支援を担当していた。戦争を終結させるには、当事国同士では決着できず、大国がまとめるか国連などで組織だってまとまるかしかない。さらに人権擁護を目的にしないと当事国も介入国も納得しない。
ヒューマニズムも野蛮だ、戦争にはどちらにも正義があるのような道徳への冷笑は民族中心の発想になりやすい。ウルトラナショナリズムを誘発しやすいので注意すべきという。道徳や法で理性的に考えるところを善悪や感情の憤激に流されてしまいやすいのでそこも注意すべきという。)

第6章 過ぎ去らない過去 ・・・ 東西ドイツが統合したことで、ナチスの過去と東独の国家犯罪の過去にむきあわねばならなくなった。とくにナチスの犯罪では、冷戦終結により東欧の強制労働者への補償が問題になった。同時にアメリカに亡命・移住した人たちからも集団訴訟が提訴された。ドイツは補償の財団をつくり、国と企業が半分ずつ費用をだしあい、数年で賠償を完了した(日本の慰安婦補償の「失敗」と著しい対比)。一方で、ドイツの過去の犯罪を断罪することへの抵抗・反発も起きる。歴史修正主義と呼応した動き。とくにホロコースト記念碑設立を巡って、賛成と反対の議論が出た。しかし歴史修正主義者が反ユダヤ主義に傾斜していったので、問題的な過去を思い起こす動きが強くなった。
(最後のは20世紀の一般的な傾向。問題的な過去を思い起こす動きに対して抵抗する動きが強い日本はユニーク。慰安婦像に対する反発が極めて強い。あとドイツではナチス時代の被害者追悼行事は国や州主催で行うが、ナチの兵士を公的にまつることはできないとのこと。これも日本の在り方とは逆。)
参考
大沼保昭「「慰安婦」問題とは何だったのか」(中公新書)
熊谷奈緒子「慰安婦問題」(ちくま新書

第7章 EU統合の深化とカントの希望の再生 ・・・ ドイツは1999年のコソボ空爆に参加。それは正義か正当化されるのかという議論が起こる。同時にEU統合が深化し、市場統合、通貨統一、政治的統合が進む。そこから国家と国民の関係を見直すようになる。かつては「横暴な国家から市民を守るために、国家自身が人権や法の支配といった憲法の規範を守ることを約束させられる」。新しい憲法概念では「市民たちが、自らが自由で平等な存在としてそれぞれに同等な基本的な権利を認め合い、そのように認め合った権利を守るために国家形態の形成原理を作り上げる。基本的人権は国家に認めてもらうものではなく、自分たちで認め合うのである(P228)」。カント「永遠平和のために」のコスモポリタンデモクラシーの実現へ。
庄司克宏「欧州連合」(岩波新書)-1
庄司克宏「欧州連合」(岩波新書)-2 

 

 

 個々の社会や政治の問題を整理する本ではなくて、それらに知識人がどのように反応したかをみる。なので記述の半分くらいはリベラルと保守のやりとりになる。主要登場人物はハーバーマス。彼の議論が論点の整理になるというのが特徴。日本の思想家・知識人で相当する人はいるか(というか、知識人のやり取りを整理することもめったになさそう)。どのような問題でも抽象化し、そこから具体的な行動指針を作ろうというのは、ドイツの哲学の歴史にあるのだろうか。アメリカのリベラルの中のやり取りにはならなく、伝統保守社会主義なども議論の中にはいって、論点の幅は相当に広そう。ことに、市場と国家の関係に関してはネオリベリバタリアンの主張はそれほど強くなく、リベラルと社会主義の間で妥協点をもとめようとしているようだ。国家ないしそれに代わる政府機能組織が経済に介入し安定を図る、そのためには福祉社会を継続し大きな「国家」になっても容認する。ここはアメリカの議論と大きく違う。ヤーギン/スタニスロー「市場対国家 上下」(日経ビジネス文庫)のように市場化や規制緩和を全面肯定するわけではない。
 ドイツもEUも常に挑戦されているわけで盤石ではないが、「認め合った権利を守るために国家形態の形成原理を作り上げる」のは継続するだろう。そこに注目。
(翻ると東アジア共同体のような国家を越える政府機能がアジアでできるかというと心もとなく、どこが違うのかということにも敏感でいよう。)