odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

シオドー・マシスン「名探偵群像」(創元推理文庫)

 高校の歴史教師をしていた男が探偵小説のアイデアEQMMエラリー・クイーンズ・ミステリー・マガジン)に送ったら、ぜひ買いたいと返事があった。一つ発表したら幸い好評だったので、10編を書いた。それをまとめた短編集。
 歴史上の人物が探偵になるという趣向だが、日本人の歴史知識では思いがけない人物もでてくる。それでもこの10名は教養の範囲内だと思うので、とくに注釈はつけない。タイトルの後の数字は、発表年ではなく、事件が起きたとされる年。あとで主人公の伝記を確認すると、その年にした意味が見えてくる。

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1 名探偵アレクサンダー大王 (Alexander The Great, Detective)B.C323・・・ 大王の腹心による手記。長い旅から帰って湯あみしているところに大王が来る。腹心は謀反の恐れがあることを伝える。その夜、大王が征服した土地の王と酒宴を開く。翌朝、大王は毒を盛られたといい、だれが犯人かを当てようとする。

2 名探偵ウマル・ハイヤーム (Omar Khayyam, Detective)12世紀・・・ 宰相ネザームはアサシン団の暗殺を恐れて、塔の部屋にこもりきりでいた。托鉢僧の踊りを見物する夜、宰相の塔でもみあいがあり、塔から落ちたものがいる。宰相ネザームであった。塔には護衛兵が姿を消し、ドアは内側から閉ざされていた。天文学者ウマル・ハイヤーム(「ルバイヤート」の作者でもある)はネザームが印をつけた自作詩集から、何が起きたかを知る。アサシン団の知識が必要。

3 名探偵レオナルド・ダ・ヴィンチ (Leonard Da Vinci, Detective)1516・・・ 円形演技場で各国の閲兵式を行った後、一人舞台に残ってトランペットを吹いていた若い将校が胸を刺されて死んでいた。そこには王の一行のほかにいたものはいない。ダ・ヴィンチは現場を写生し、投剣の技を見せてもらう。これで知ったが、ダ・ヴィンチマキャベリと同時代人(トマス・フラナガン「玉を懐いて罪あり」@アデスタを吹く冷たい風」)。

4 名探偵エルナンド・コルテス (Hernand Cortez, Detective)1520・・・ メキシコ征服の指導者コルテス。モンテスマ皇帝を保護(実質拉致)しているが、スペイン軍将校が暗殺を狙っているらしい。腹心の部下を配置したが、行進の途中、皇帝は殴り殺されてしまった。誰がやったのか。メキシコ征服に肯定的なのは時代の制約か。

5 名探偵ドン・ミゲール・デ・セルバンテス (Don Miguel de Cervantes, Detective)1605・・・ 幸薄い暮らしのまま60代になったセルバンテス、金がないと妻子にわめかれ、夜外に出る。決闘の音となにかの足音。崩れる人影。家に連れてくると「ミゲール」と一言言って息絶えた。犯人と目されたセルバンテスは教会に逃げ込み、パトロンになってほしい公爵の前で「ドン・キホーテ」の一節を読み上げる。そのとき、真相に気付いた。

6 名探偵ダニエル・デフォー (Daniel Defoe, Detective)1719・・・ 名誉革命のあと、政党間の政争は盛んになった。デフォーはイングランドスコットランドの合併を主張して、敵対政党の怒りを買っている。旅の宿で部屋を別の男に変えたら、その男は扼殺されてしまった。いったいだれか。4人の容疑者からひとりを選ぶ。そのことより、デフォーの代表作「ロビンソン・クルーソー」につながる謎解きがよい。

7 名探偵クック艦長 (Captain Cook, Detective)1770・・・ 世界一周の武力偵察と博物学の旅行(18世紀に多数行われた)。サモア島での観測のあとの航行中、泥酔した士官が殺された。酒の盗みのみは厳罰が下されるのだが、一思いにやってしまったらしい。容疑者はいさかいを起こしたクック、寝起きを同じにするいじめを受けていた下士官、殺された士官となかのよい別の士官。クック船長は犯人を見つけるために、あるテストを考案する。

8 名探偵ダニエル・ブーン (Dan'l Boone, Detective)1777・・・ アメリカ開拓時代。集落がインディアン(ママ)に襲撃されて死者が続出している。ダニエル・ブーンは若者3人と待ち伏せを行ったが、逆襲を受けて被害者がでてしまった。集落に戻り、友好的なインディアン(ママ)の話を聞いてブーンは真相に気付く。

9 名探偵スタンレー、リヴィングストン (Stanley and Livingston, Detective)1871-2・・・ ヘンリー・モートン・スタンリーが衰弱したデイヴィッド・リヴィングストンを発見。西洋に帰還するよう説得し、キャラバンを組んで戻ることにした。しかし、隊員が次々とアラビアのナイフで殺害され、出向く村ではひとりもいない。どうやらキャラバンの全滅が狙いのようだ。いったいだれが仕組んでいる。帝国主義時代の高圧的な博物調査。なので、タイトルのふたりとも、非白人に侮蔑的で暴力的。

10 名探偵フローレンス・ナイチンゲール (Florence Nightingale, Detective)1854・・・ クリミア戦争の戦傷病兵看護のために、篤志看護婦を率いてナイチンゲールが出発する。以来、偶像破壊者(たぶん「イコノクラスム」)なるものが妨害活動を続ける。女王の肖像に傷をつけた貨幣がおいてあったり、地下室で作業中の女性が暴行を受けたり、従軍記者が殺されたり。ナイチンゲールはランプの灯りを見て真相に気付き、待ち伏せすることにした。
2014/02/03 フロレンス・ナイチンゲール「看護覚え書」(現代社)-1
2014/02/04 フロレンス・ナイチンゲール「看護覚え書」(現代社)-2 ナイチンゲールは、ホメオパシーを認めていませんよ

 


 クイーン好みの短編集。歴史上の人物を取り上げると、史実からの逸脱は許されないし、その時代の風俗や技術から遊離してもいけない(ナイチンゲールの時代に消毒液があるとか、クック船長のエンデバー号に蒸気機関がついているとかはダメ)。細かいことをいえば語彙もその時代に合わせた方がよいが、翻訳ではそれほど目くじらはたてまい。そのような制約があるなかで、この短編集は健闘している。セルバンテス編が中世の物語風であったり、ダニエル・ブーン編が西部劇小説風であったり、ナイチンゲール編が汽車小説(そんなジャンルがあるのかどうかしらないが)風であるのは、うまく時代をつかんでいると思う。
 史実の人物を探偵にすることの困難は、上のような制約に加え、ワトソン役を使えないこともある。探偵とは別の記述者がいると、謎が途中で解決しない理由を説明することは簡単なのだが、そのような人物を物語に送ることはできない。そうすると、探偵小説の書き方が難しくなる。ここでは三人称で探偵視点で書き、情報が断片的に得られるという書き方。ハードボイルドに近い文体で、探偵小説をすることになる。そこが20世紀初頭の短編探偵小説と大きく異なるところ。そういうのは戦後に定着した技法で、すでに1950年代後半には素人のマニアも使いこなせるまでになっていたわけだ。
(なので、数編だけ、記述者がいる短編がある。語り手の「わたし」のでてくる理由がなければならなくて、この短編集ではどれもうまく書いている。なので掌中の最高作は「名探偵アレクサンダー大王」。)
 クイーンの短編集(「冒険」「新冒険」)以来の謎解き探偵小説の優れた短編集、といいたいのだが、後半になって近代人がでてくるところ、他民族との接触(「交通」)が書かれるところで幻滅。人種差別が肯定的に書かれている。あるいは先住民族に侮蔑的な会話も。もちろんそれらは登場人物の会話のなかであって、作家本人の意識とは別であるのは理解。ただ、近世や近代がかように不寛容な時代であったことに気分が落ち込むだけ。