odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

堀越孝一編「新書ヨーロッパ史 中世篇」(講談社現代新書) 中世のヨーロッパは領邦の集合と教会の二重権力体制。キリスト教化がいきわたると、宗教的情熱は外に向かう。

 クシシトフ・ポミアン「ヨーロッパとは何か」(平凡社ライブラリ)を読んで(だけではないけど)、ヨーロッパという摩訶不思議な地域に関心をもった。ヨーロッパが成立するまでは増田四郎「ヨーロッパとは何か」(岩波新書)、ヨーロッパの中世は鯖田豊之「世界の歴史09 ヨーロッパ中世」(河出文庫)を読んだ。この2冊では、ローマ帝国分裂から十字軍遠征までの期間が詳しくない。そこで本書を読む。

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概説「ヨーロッパ」の成立(堀越孝一) ・・・ というわけで、西ローマ帝国が行政機能を失い、キリスト教教会が肩代わりをした5世紀ころからのフランク王国の歴史がつづられる。なるほど、ゲルマン他の人たちは帝国を作る興味はなく、常に領邦の集合であった。そこに教会があって二重権力体制とでもいうような状態。権力の中心がないのでヨーロッパの通史はありえず、地域史となる。そこにおいて、著者は人の出来事を細かに書く。そのやり方では経済と技術が書かれていないので、自分の興味が持続しない。だから、熟読はあきらめた。上の指摘のほか気になったのは、7世紀からイスラムが地中海を圧倒する。そのために地中海貿易が縮小して、フランク王国の多くは自給自足体制になる(鯖田の本などでは交易する輸出品がなくなったことが原因と思っていた)。そのあと、イベリア半島(今のスペイン、ポルトガル)をイスラムが占領するので、貿易は半島経由で行われた。この時代はヨーロッパの中でキリスト教化が進んでいる時期。一通りいきわたると、ヨーロッパの人々の宗教的情熱は外に向かって(かつイスラムの対抗もあって)十字軍遠征にいたる。

特論1.中世ヨーロッパの生活環境――河原温 ・・・ 中世といっても西ローマ帝国の崩壊から大航海時代まで1000年を超えるので、その間に大きな変化があったことを考慮しておくことは必要。内容は鯖田豊之「世界の歴史09 ヨーロッパ中世」(河出文庫)に書かれたこととほぼ重複。5-8世紀は寒冷期、13世紀までは温暖期(なので開墾運動で人口増があり発展した)、14世紀は寒冷期(とペスト大流行で人口減少。開墾する場所がなくなり停滞)。一時的な温暖期のあと、15-18世紀は寒冷期(このころは気候変動による影響が大きくならないくらいに技術が発展していて16世紀に開墾運動が再開)。気象と技術と人口動態を重ねてみるところがおもしろい。

特論2.この世のあるべき秩序――甚野尚志 ・・・ 10世紀までは教会(教権)と世俗権力(俗権)は一体化(一緒に経営しないと領邦を維持できない)。後半から教会の改革運動がおこる。聖職者の妻帯と世俗権力による聖職者任命が批判される。改革が進むと俗権と対立することが増えて、カノッサの屈辱に象徴される事件で教権が俗権に優越するようになる。ローマ皇帝の儀式を協会が取り入れることで協会の権威を高める。西欧協会の最盛期は12-13世紀。14世紀初頭のフランスでフィリッポ四世が今度は教権に勝利。世俗権力も集権的統治体制を作っていったことが大きい。とはいえ、教権と俗権が常に対立していたわけではなく、権限の境界をめぐって緊張関係にあった。(という背景が16世紀の宗教改革や異端審問、フランスの聖バーソロミューの虐殺などの遠因になるのであった。前の章の気候と人口変動を考慮すると、いろいろ妄想したくなる。)

特論3.マイノリティーとしてのユダヤ人――関哲行 ・・・ ユダヤ教キリスト教とさまざまな違いがあるので、少数者のユダヤ人(ほぼユダヤ教を振興する人のこと)は「内なる他者」として扱われてきた。おおきくわけると、イベリア半島のセファルディームと東欧のアシュケナジームに区別される。中世ではイベリア半島のセファラディームが数的優位。ここは7-13世紀にイスラムが支配した。寛容な時期と不寛容な時期があるが、多くの時期は相対的共存であった。14世紀のレコンキスタキリスト教の王国が誕生。その後、キリスト教の不寛容の時代になる。同化の強制と異端審問。ついには16世紀の異教徒追放令で、ユダヤ人はトルコ(経由で東欧)かアムステルダムに移住し、イベリア半島ユダヤ人は駆逐される(アムステルダムに移住したユダヤ人は大西洋貿易に関与した)。イベリア半島の不寛容は、権力側からの反ユダヤ感情の誘発→住民のヘイトスピーチヘイトクライムや異端審問という経過で起きている。これは現在の民族差別扇動と同じ経路。

特論4.『中世の秋』からルネサンスへ――近藤壽良 ・・・ 15世紀のフランスの「インテリ(という言葉はなかったがそう呼ぶのがふさわしい)」による同時代の記録を読む。観察や記録に近代的な意識が生まれていることを確認。この先に、マキャベリモンテスキューらのルネサンス人がいる。

 

 これまでの読書で気の付いたところを再確認することになったが、気候やマイノリティなどの20世紀の歴史研究では考慮されていないような視点をいれると、できごとがとても興味深くなる。多少の知識の重複は恐れずに、最新研究を紹介する本は読んでおくべき。