本書を読む際に、ルネサンスを大まかに知っていた方がよいので、このエントリーを参照。
会田雄二「世界の歴史12 ルネサンス」(河出文庫)-1
会田雄次「世界の歴史12 ルネサンス」(河出文庫)-2
ルネサンスという時代(だいたい1300年から1600年まで)をイタリアにフォーカスして記述。ただ、本書には政治と経済の話はほとんどでてこない。有名なメディチ家の確執は一切出てこないし、さまざまな戦争も登場しない。政治家、宗教家はでてこないし、他国の人物も出てこない。あとがきによると、著者はルネサンス文学の研究者で、大学のゼミをもとにして新書に仕上げたとのこと。そのうえ、博士論文で魔術から科学への遷移を見ているので(通常の科学史では博物学から科学への流れを優先)、「知」の領域の定めかたも風変わり。ベストセラーから想像するイタリア・ルネサンスの記述を期待すると肩透かしを食いそう。自分としては東方貿易から資本主義(の原型)ができるところ、都市国家の共和主義と自己統治などに期待していたが、そこは別書でおぎなわなければならない。
ルネサンスを人文主義と生命主義から見るということで、高校教科書でも見かけない人物とその思想が語られるので、それをまとめるのはよそう。有名なペトラルカですらこの国では翻訳は入手難なので。したがって、感想は断片的なメモになる。
・イタリアにはローマのカトリック教会があった。これは普遍を世界にあまねく照らすことを目的にしているので、世俗権力の統一と強化を喜ばない。15世紀ころからの都市国家は自己統治を目的にしているので、同じく権力の統一を喜ばない。なのでルネサンス期にはイタリアは統一化されない。しかし15世紀末(1450-1500年)にオスマントルコの西進があったので、教会と都市国家は連合を組んだ。そのときは平和が訪れ、文化がもっとも花開いた(というか文化投資が盛んだった)。
・11-12世紀にアラビア語からラテン語への翻訳運動が起きた(トルコとスペインで)。13世紀に東方貿易が盛んになると、イタリアでギリシャ語原典からラテン語への翻訳運動が起きる。前の運動で翻訳されたのはアリストテレス、13世紀にプラトン。15-16世紀に再びプラトン再評価とヘルメス学の翻訳が行われる。これが中世のキリスト経典との融合をもくろんだ研究に反映される(そして初期科学や近代哲学に反映される)。とても荒っぽいまとめだけど、エーコ「薔薇の名前」の背景であり、錬金術の流行であり、魔女や異端への対応の変化になる。
村上陽一郎「科学史の逆遠近法」(講談社学術文庫)
追記:この感想を書いた時、東ローマ帝国、このときにはビザンチン(ビザンツ)帝国のことを知らなかった。11-12世紀の翻訳運動はこの帝国の盛期であり、15-16世紀の翻訳は、東ローマ帝国の滅亡1453年で亡命したギリシャ人がイタリアに来て翻訳作業にかかわったためという。ルネサンスはヨーロッパの自発的な運動であるが、同時に東方の知が人と物と一緒に流入して起きて深められたことを重視しよう。
11世紀スペインはイスラム王朝「ウマイヤ朝」が統治。イスラムは異教に寛容だったので、キリスト教徒とユダヤ教徒はイスラム統治下で共存できた。そこで文化と芸術と学問が発展。ギリシャ・ローマ時代の古典が翻訳された。
山内昌之「民族と国家」(岩波新書)
・翻訳された本を求める人が多いので、出版業が成立。手写本だったのが15世紀後半(1470-80年)に印刷術が採用され、活版印刷本になる。本が廉価になったので、俗語の本が必要になり、文字言語が整備され、知の民族化・俗化が進む。(ゲルマン地方でも本が流通する。ドイツ民衆本の世界」(国書刊行会)参照)
・東方貿易の影響。たぶんアラビア数字とゼロが入ったのがこの時期だったはずだが、同時に時計が14世紀に出現した。それまでは季節によって時間の長さは変化した(日の出から日没までを等分するので)。それが機械の刻む変化しない定時法になった。これで約束が守られるようになる。(工場の生産管理に使われるのは19世紀末から20世紀初頭になってから 参考: スコット・M・ビークマン「リングサイド」(早川書房))。
・人文主義者(ユマニスト)は職業。行政や商人の書記など。法律家と医者に続く、生産には携わらない専門職の誕生(画家、彫刻家などは職人)。本書を読んで思ったのは、人文主義やそれを支える教育は、人間の全体性、全般的な人間の人格形成を目指していて、知は倫理的で徳性を持っていると見られていた。神学と哲学が分離されて、倫理や徳を神なしで考えるようになったこと。そのような「知」がヨーロッパの思想や精神に反映したはずで、こののちの時代のロックの自然権やアダム・スミスの徳の経済学などの素地になっていると思う。
・人文主義者は理想都市を構想したが、建築家はそのモデルや設計図を作ろうとした(たぶんルネサンス期の画題にある建築はそれをビジュアル化したもの。ブリューゲルの「バベルの塔」など。のちのヘーゲルが芸術の分類の筆頭に建築を挙げたが、ルネサンスの考えが流れているのかもと思った)。ルネサンスの「美」は知的作用を必要とし、美の追求は世界を生み出す(これも19世紀ロマン主義に流れているように思える)。
著者がいいたかったことから外れたことに関心が集まってしまった。