西洋史を勉強するとユダヤ人の話題はそこかしこで出てくるがたいていは点の描写。反ユダヤ感情やホロコーストがどのように起きたかをしるには情報が不足。そこで、ユダヤ人の側から見た民族史をみることにする。初出は1986年なので情報は古い。とくに21世紀のことが全く欠けているので、他の本などで補完しないといけない。
第1章 古代のユダヤ人 ・・・ シナイの土地に王国を作ったユダヤ人。繁栄するも、ローマ帝国にたびたび侵略占領され、紀元3世紀ころに土地を追われる。
(古代オリエントには複数の民族があったが、ユダヤ人を除いてみな消滅した。これは絶滅したとか殺戮されたとかを意味していないで、他の民族と融合して、もともとのアイデンティティを失ったということだ。他民族との交通でアイデンティティは変わる。)
第2章 イスラム・スペインのユダヤ人 ・・・ 離散後のユダヤ人が多く集住したのがスペイン。ここは700年ころから300年イスラムが支配した。その間はイスラム、キリスト教、ユダヤ教が共存。レコンキスタによってキリスト教徒が王権を取ると、ユダヤ人は迫害され改宗しなかったものはポルトガル他に追放された。移住したスペイン系ユダヤ人出身の知識人にスピノザがいる。
(この章の内容は堀田善衛のスペインものでもっと詳しくしることができる。スペイン断章「歴史の感興」「情熱の行方」など。)
第3章 中世ヨーロッパのユダヤ人 ・・・ ローマ時代から西洋にユダヤ人が入る。おもには国際商人、金貸し、古物商、不動産業に従事。当初から差別と迫害にあい、十字軍遠征では途中にあるユダヤ人外が襲撃され、略奪虐殺があった。以後、ヘイトデマ、差別、隔離が行われる。西欧のユダヤ人は中東欧に逃げ出す。
(第2章とあわせると、パレスチナを追われたユダヤ人は北アフリカ-スペインと西欧経由で中東欧の二か所に移住。全社も3世紀ころにはほぼいなくなる。
第4章 東欧ユダヤ人 ・・・ こちらもローマ時代から移住してきた。パレスチナのユダヤ人はヘブライ語を用いていたが、ヨーロッパに散住したユダヤ人は現地の言葉を取り入れたイディッシュ語を作る。商人、工業職人などとともに権力の補助も行う。18世紀のなかばにハシディズム(敬虔主義)があり、他方同化を勧める啓蒙主義が起こる。19世紀になって反ユダヤ主義が強まり、各地で差別・略奪・虐殺が起こる。ことにロシアでめだつ。19世紀終わりころから中東欧のユダヤ人がアメリカに大量入植。
(アメリカでも文化摩擦があった。クリスマスを祝わないユダヤ人はその日に開いている中華料理店で食事をとるようになり、中華料理はユダヤ人の嗜好になった。キリスト教の店主は店を閉めるため。アメリカのユダヤ人は子供らに高等教育を受けさせたので、20世紀半ばから教授・マスコミ・作家などの知識人を輩出。音楽家になったものには、クリスマスソングを作って大ヒットさせたとか。多くのユダヤ人が経営で成功して、大資本を持つものも生まれる。彼らは世界のユダヤ人グループに支援を行う。中にはイスラエル支援のロビイングを行う者もいる。)
第5章 ヨーロッパ近代のユダヤ人 ・・・ 近世(資本主義、重商主義)以後の西欧。都市に生活するユダヤ人の中から改宗するグループがでる。宮廷の一員になっていたが、19世紀には商業金融で成功し、知的職業で名声を獲得する者も出た。有名なのはロスチャイルド家、マルクス、フロイト、アインシュタインなど。反ユダヤ主義は根強いが、ナポレオンが市民権を認めたところから、各国で同化が行われる。
(ユダヤの知識人はヘブライ語やイディッシュで書いたので、キリスト教徒にはあまり知られていなかったが、同化ユダヤ人は土地の言語で書いたので、よく知られるようになった。)
第6章 シオニズムへの道 ・・・ とはいえ西欧のユダヤ人差別感情は悪質であり、1880-90年に反ユダヤ主義(アンティセミティズム)が起こる。ユダヤ人の存在そのものが悪なので絶滅させようというもの。フランス、ドイツ、オーストリアなどで反ユダヤ主義の運動が起こる(若いヒトラーが影響を受ける)。
上山安敏「世紀末ドイツの若者」(講談社学術文庫)
同時期に、ユダヤ人の国家建設をもくろむシオニズムも起こる。トルコとの戦争でユダヤ人の協力を得たいイギリスがイスラエルへのユダヤ人入植を20世紀初頭に開始。以後、現在に至る戦争の端緒。このあと、ナチス台頭、WW2、ソ連他でのユダヤ人迫害、パレスチナ戦争など。
レナ・ジルベルマン/マリ・エレーヌ・カミユ「百人のいとし子・革命下のハバナ」(筑摩書房)
ユダヤ人を考える際には偏見や思い込み、差別感情、ヘイトデマなどがまとわりつく。それでいて、ホロコーストやポグロムなどの被害に対する「憐憫」や責任などの感情もわいてくる。そのために、ある程度の距離を持ってナショナリズムやエスニシティを見ることが難しい。そのうえ、日本人が参照する西洋文献には反ユダヤ主義がまぶされていることがある(ドストエフスキー「作家の日記」、ワーグナー、マルクスなど)。意図せずに偏見が刷り込まれてしまいかねない。
なので、とりあえず地球の対蹠点にいる日本人であれば、多少は偏見から逃れることができるだろうと負いうことで、本書を選ぶ。著者はイスラエルの大学に留学したことのある文学研究者。歴史の記述ではそんなもんだろうという内容だったが、ユダヤ人の優秀性や差別の原因を記す段になると、中途半端。というか差別問題を勉強していないだろうから、「ユダヤ人が嫌われる理由」のような小見出しを作ってしまう。書かれた時期の制約ではあっても、21世紀に読むにはきつかった。
ユダヤ人のことが他人ごとに思える偏見があるのは、彼らの生活や宗教を知らないことが理由なのだろう。旧約聖書はあまり関心をもっていないせいで、モーセ五書の記述を生活規範にするあり方を親身におもえないのだ。エリエット・アベカシス「クムラン」(角川文庫)を読んだときにユダヤ教団の生活に感じた異様さがいまだに残っている。そういう偏見から逃れるには、聖書学を断片的に読むだけではだめなのだろうな。
ともあれ、ユダヤ人を理解しなくても、差別に反対することはできるので、「シオンの議定書」「ロスチャイルド家の世界征服」「ユダヤ金融資本の世界征服」などのヘイトデマをつぶしていくことを再度確認。