odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

保坂俊司「国家と宗教」(光文社新書)-1 キリスト教とイスラームの場合

 著者は比較宗教学者
 日本では、政教は分離されているとたいていの人が認識しているが、政教分離は普遍原理ではない。日本そのものが神権政治の国だった。その精神は日本国憲法施行以後も消えていない。他の国では政治と宗教が一体化しているところがあるし、カソリックプロテスタントの正当性争いとそれに伴うテロや内戦を経験して政教分離を維持しようとするところがある。本書では世界宗教であるキリスト教イスラーム、仏教と政治の関係を見る。その視点で日本の政教を見る。
 宗教は「一般に、人間の力や自然の力を超えた存在への信仰を主体とする思想体系、観念体系(wiki)」をされるが、個人の生と死の意味や価値をある集団が決めて強制するありかたも宗教と見たいと俺は思う。そうすると、靖国神社に祀られるという信念の強制も宗教であるとみなすことができる。

第1章 キリスト教と政治 ・・・ キリスト教国教化以前のローマ帝国には、異なる神を信奉する集団が複数あり、信仰形態や価値観は多様だった。信仰には寛容であるが、法体系は強制するというというのがローマ帝国のやり方だった。しかしユダヤ人は法体系に反抗したので、迫害された。キリスト教は世俗権力に迫害される経験を持っていたので、宗教は世俗権力と一線を画してきた。
 中世になると、教会権力が世俗権力より強く広範囲だったので、法や生活で宗教規範を守ることが求められた。 
「日本人は一般的に、宗教は人間の幸福や社会の平和のためにある、というような漠然とした宗教観を持っているが、セム的宗教の平和や平安は、神の命令が正しく実行され、人々が義務を果たし、救いの道に適っている状態をいうのである。/したがって、この状態に無い場合には、人々は命を懸けて神の道の復興を目指さねばならない(P34)」
 この考えはヨーロッパの人々を拘束したので、世俗権力を打倒するときでも神の意志を具現化する目的を達成することであるとされた(ピューリタン革命など)。一方で西洋では人間中心世界観(ヒューマニズム)が生まれ、神の意志の具現化という考えと拮抗した。
2019/07/12 庄司克宏「欧州連合」(岩波新書)-1 2007年
2019/07/11 庄司克宏「欧州連合」(岩波新書)-2 2007年
 アメリカはプロテスタントの改革派が主に移住し、建国や政策に関与したので、国家と宗教とのかかわりが異なる。特長は、1.宗教多元主義、2.世俗主義(宗教生活と日常生活はいっちするべき)が強く、現実に展開する要実行する、3.フロンティアスピリッツ、4.民衆人身による統治、とまとめられる。20世紀以降のアメリカの国際政治にはこの考えが反映しているという。あるいは進化論、人工中絶、LGBTQの婚姻などでは教義に基づく反発が起こる。
<参考エントリー>
森安達也「近代国家とキリスト教」(平凡社ライブラリ)
深井智朗「プロテスタンティズム」(中公新書)-1 2017年
深井智朗「プロテスタンティズム」(中公新書)-2 2017年
藤原帰一「デモクラシーの帝国」(岩波新書) 2002年
 公民権法ができる前のアメリカでは聖書の記述にもとづいて奴隷制度が是認されていたとのころ。奴隷制(と黒人差別)は宗教的に是認された宗教制度であるという。白人による差別が解消しがたいことと、被差別者の黒人がキリスト教からイスラムに改宗する傾向が強まっているという。その理由にはこのような宗教的情熱に基づく人種差別が横行していることがある。そのためにアメリカ国内のイスラーム人口はユダヤ教徒の人数を上回るまでになっているという(2006年現在)。またヨーロッパの人間中心世界観(ヒューマニズム)はイスラムと相いれないので、社会の軋轢の原因になる(中東の紛争でアメリカが介入しても解決に至らない原因でもあるだろう)。
2022/03/22 本田創造「アメリカ黒人の歴史 新版」(岩波新書)-1 1990年
2022/03/19 本田創造「アメリカ黒人の歴史 新版」(岩波新書)-2 1990年
 本書では、国家の機能と宗教団体組織の関係はほとんど書かれない。そのために国家と宗教のかかわりはばくぜんとしている。アメリカの在り方を主にみているので、ヨーロッパの各国(とくにイギリス、フランス、ドイツと、東欧諸国、ロシア)、カソリックロシア正教の国の現状がほとんどわからないのが残念。

第2章 イスラームと政治 ・・・ イスラームではすべて神に帰一するという政教一元論(タウヒード)である。権力者への服従は義務であり、イスラムの教えは世俗社会の法規範とされる。イスラームの教えが世界全体に広がることをめざす。この考えは、西洋の近代主義の合わせ鏡である。資本主義、市場経済、民主主義、議会制代議員制度、男女同権などの西洋の近代的価値観はイスラームの教えにはあわない。そのためにイスラームが他の宗教集団と交流するときに、うまくいかないことが起きる。
(20世紀にイスラームの覚醒と台頭が起きた。著者は植民地解放運動と独立国家の成立、人口爆発にみているが、19世紀に西洋がイスラーム諸国を植民地にして差別と搾取を行ったことが遠因ではないか。)

 

 ユダヤ、キリスト、イスラームは共通の宗教から派生したので「セム族の宗教」「アブラハムの宗教」と呼ばれる(後者を使うことが勧められている)。共通点が多いのであるが、世俗権力とのかかわりでは政教分離か政教一元化で大きく違ってしまった。
 キリスト教と政治の関係はよく調べられているけど、イスラームのほうの記述は簡単で、現代にはほとんど触れられていない。他の本で補完しないといけない。日本でもイスラームが増えていて、国内の排外主義に攻撃されている。極右やネトウヨに対抗できる知識は必要。

 

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2024/04/05 保坂俊司「国家と宗教」(光文社新書)-2 仏教と神道の場合 2006年に続く