odd_hatchの読書ノート

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鯖田豊之「世界の歴史09 ヨーロッパ中世」(河出文庫)-1

 クラシック音楽科学史の興味からヨーロッパ中世は気になっていた。とはいえ、読書は散発的だったので、しっかりした通史を読むことにする。著者はこの国の1950-60年代の西洋中世史の泰斗。高校の世界史の教師に著者の本を読めといわれたのに、そのときは重要性を理解できなかったのでスルーしてしまった。まあ、その頃に読んでも退屈するだけであっただろうが。
 以前に「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」「トリストラントとイザルデ」「聖杯の探索」などの中世文学やエーコ薔薇の名前」を読んだが、こちらを先の読んでおけばもっと細部を楽しめたのにと悔やんでしまう。そのうえ、自分が最近興味をもっている国家の成立、都市の形成、貨幣経済の浸透、資本主義の萌芽などもこの本の記述にある。この国だと、無文字時代に国家が成立したので、その過程をテキストで知るのは困難であるが、ヨーロッパでは国家の成立が1000年ほど遅れ、テキストをかける聖職者や知識人がいたので、具体的な資料がたくさんある。このあたりに注目すると、「暗黒の中世」と教わってきたこの時代がとても興味深いものになる。なので、通常のエントリーよりも詳細に本のまとめをつくることにする。

 この本が扱う時代は、400年から1300年にかけて。だいたいこの時期を「中世」と呼ぶことにする。西ローマ帝国が滅んでから、ルネサンスの始まるまでとなる。この1000年に近い「中世」は、どうやら3つの時期に分けることができそうだ。自分が勝手に初期・中期・後期を使って区分すると(本書には出てこないのでご注意。学問世界に通用する概念でもない)、
1.初期: 西ローマ帝国が滅んで地中海貿易がいったん終了するまで
2.中期: 周辺エリアとの貿易がストップし、自給自足の孤立した首長社会になっているとき。領主と騎士の時代。
3.後期: 農業生産性があがり人口が増え、都市が形成され、領主が統合されて国家をつくるようになったとき。市民と商人が誕生。
 ゲルマン人が移住してローマ帝国を解体していった。西ローマ帝国は「滅んだ」とされるけど、実際はゲルマン人ローマ帝国を吸収して、小さな帝国に分解していったとみたほうがよいという。ゲルマン人は粗野で武骨であったらしい。無文字で、首長をトップに置く数千人規模の集団を形成したが、それ以上の国家をつくり中央集権体形にする意思はほとんどない。ローマと吸収しても、技術や知識を継承することはほとんどない。ヨーロッパの産物はほとんど輸出されず(輸出したのは奴隷くらいだったとか)、常に輸入超過(輸入元はビザンツイスラム、インドなど)。支払いはローマ時代の資産。領主や古代国家は関税収入に依存。なので、輸出できるローマの遺産がなくなると、地中海貿易は止まってしまう。古代国家は分裂、民族も分化していく。
 当時のヨーロッパは深い森に囲まれていて、わずかに開墾した土地を農業に使う。収穫量は播種量の2倍(すなわち収穫の半分を翌年の種まき用に残さなければならない)という低い生産性。栄養不足が常習化していて、飢餓の危険があった。人口も増えないし、非生産階級を生む余力が少ない社会だった。なので、領主を束ねる王はいたが、独自の居城を持たず、地方を回っては数年滞在し次の場所に移動するという巡遊の生活をしていた(イングランドアーサー王が「King of Kings」と呼ばれる所以)。それに加えて、ノルマン人やイスラムが侵入して国家をつくったりした。それを追い出す力をもつ強い国家はどこにもなかった。
 およそこれが11世紀までのヨーロッパの状態。ビザンツイスラム、インドや東アジアの状況と比較すると、とても遅れている。農業生産性でも、技術でも文化でも、国家の形成でも、商業でも。そのうえ、ヨーロッパの陸地の移動は大変だったし、地中海の航海も限定されるなどして、ヨーロッパはヨーロッパ以外の場所を知らなかったし、興味も持たなかった。


2016/03/30 鯖田豊之「世界の歴史09 ヨーロッパ中世」(河出文庫)-2
2016/03/31 鯖田豊之「世界の歴史09 ヨーロッパ中世」(河出文庫)-3
2016/04/01 鯖田豊之「世界の歴史09 ヨーロッパ中世」(河出文庫)-4 に続く。