odd_hatchの読書ノート

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堀田善衛「ミシェル 城館の人3」(集英社文庫)-2

2022/08/05 堀田善衛「ミシェル 城館の人3」(集英社文庫)-1 1994年の続き

 16世紀のフランスは混迷の時代。進んだイタリア、スペイン、イギリスに囲まれ、ドイツやオランダなどからプロテスタントがはいっていた。それを統合する王権はとても弱い。王様が病弱であったり粗暴で奇行を繰り返したり王宮が淫売宿のごとく風紀が乱れていたりし、そのうえ戦争に内乱に飢饉で社会は不安であり、王室には金がないのに浪費していたのだった。そうして、フランスは3つに分割される。1.名ばかりの王権支配、2.ギュイーズ公のカトリック同盟、3.ナヴァール公のプロテスタント支配地区。とはいえ単独で権力を取る勢力はない(実力はなくとも王権の権威は高い。教会の支援を受けていたので、おいそれと王位を簒奪するわけにはいかない)。どれもが周辺の強国の支援を受けていたのだった。王権はイタリア人を顧問にし、ギュイーズ公はスペインの後ろ盾をあてにし、ドイツやオランダのプロテスタントと組もうにもフランスのプロテスタントはわずか5%。聖バルテロミーの虐殺の後プロテスタントが伸張したとしても全土を圧するだけの力はない。それが1588年のスペイン無敵艦隊の敗北の報に乗じて、アンリ3世がギュイーズ公を暗殺。翌年カトリーヌ死去、アンリ3世暗殺と続き、生き残ったナヴァール公がアンリ4世となる。1598年になんとの勅令を出して16世紀の長々と続いた宗教戦争が終わる。まだまだ異端審問があり、異教徒同士は口を利かないなどの角突き合いはあっても、信仰の自由が法的に確立するのだ。王権は安定し絶対王政の繁栄期となるも、ユマニストらの思想活動は200年後の革命を準備するものであっただろう。
 モンテーニュは王権、ギュイーズ公のカソリック、ナヴァール公のプロテスタントのいずれにも好意的に受け入れられ、ボルドオ市の市長を2期4年務め、しかも自身の著作があるという実績で、侍従武官や顧問になったりもしたのだった。晩年はモンテーニュの町に隠遁してナヴァール公の要請には応じなかった。
 モンテーニュの時代は大航海時代であった。コロンブスののちスペイン人が大挙して新大陸に押しかけ、宝玉を奪い、地元民を殺戮した。そのできごとはモンテーニュの知るところにもなった。

「われわれは逆に、彼等の無知と無経験を利用して、われわれの生き方にならって、一層容易に裏切りや識伊や各沓や他のあらゆる非人道と残酷の方へ、彼等を曲げてしまったのである。これまでに商業と交易の便宜のために、これほど高い犠牲を払わせた者があるだろうか。真珠と胡淑の取引きのために、これほど多くの都市が劫掠され、これほど多くの国民が絶滅され、何百万という人々が刃にかけられ、世界でもっとも富裕で美しい土地が顛覆されたのである。なんと卑劣な勝利ではないか。これまでに如何なる野心も、如何なる国家の敵意も、人間同士をこれほどの恐ろしい敵対関係と悲惨な災難に駆り立てたことはない。」

と激怒したのだった。

「この当時としては、新大陸を征服したスペイン人の残虐行為を、ここまできびしく批判し告発した人は、ヨーロッパ広しといえどもモンテーニュただ一人であった。(P428)」

 なんとなれば、この告発を収録した「エセー」(第三巻第六章の〈馬車について〉)がフランス語で出版されていて、キリスト教圏で広く読まれていたから。この恥ずべき行為を西洋が反省するようになるのは、この後400年以上を経なければならないが、最初のひとりがモンテーニュであったことを名誉とみるのか、その間数千万数億の西洋人がいてほとんど無関心であったのを恥とみるべきか。

2022/03/22 本田創造「アメリカ黒人の歴史 新版」(岩波新書)-1 1990年
2022/03/19 本田創造「アメリカ黒人の歴史 新版」(岩波新書)-2 1990年