1333-1409年までの14世紀を扱う。ああ、もっと面白く記述できるのに、単調な仕上がりになってしまった。その理由はこの時代の描くのに京都中心にしたこと。そのために、後醍醐天皇と尊氏との正統争いに矮小化されてしまった。これらの関係者がいなくなったあと、義満が幕府を統括したので、彼らの争いを利用して権力と利益を総取りすることになったという身もふたもないコップのなかの政争に思えてしまうのである。
この前の巻である「蒙古襲来」を読んでいないので、なぜ鎌倉政権が数十年で権威を失い、滅亡に至ったかの経緯はわからない。北条家滅亡の指示を出した後醍醐天皇は「延喜天暦に帰れ(10世紀の摂関政治全盛期)」とバックラッシュを目指す。10世紀の武士創成期においては天皇と貴族の権威は大したものであっても、それから4世紀もたつと、武士、それも東国の武士は天皇の権威を鼻にもひっかけない。天皇の専制が進めばたちまち叛旗を翻し、独自の政権作りにまい進する。結果、後醍醐は京都を逃れ、ふたつの王朝が並立する。この対立も当事者が死に、天皇をバックアップする「悪党」も滅ぼされると行き場がなくなり、北朝の傘下に入る。そのときには足利家の三代目が絶大な権力と財政基盤を持っていて、農本主義から重商主義に転換しようとするが、これも当人の死によって挫折。以後は農本主義国家経営に幕府は注力。
本書の記述の隅から見えてくるのは、サマリーのようにまとめた歴史は京都政権とその周辺で起きていることであって、権威と権力は列島全域に及んでいないということ。すなわち、北条家は滅んでいても、鎌倉政権の勢力は東国には残っている。九州も独自の勢力になっている。京都政権はいずれにも討伐の遠征軍を起こしているが、強靭な抵抗にあって成功しない。東国は鎌倉政権の守護地頭の制度があり、九州は大陸や朝鮮との貿易で富を蓄積している。西国は朝廷と武士の対立で不安定。列島は複数の政権が並立する多国家の集合体になっていたのだ。
そのような見方をするとき、義満が明から「日本国王」の称号を得ることに執着し「勘合符貿易」を進めた理由がわかる。すなわち、大陸・半島との貿易は民間(「倭寇」が典型)や九州の独占であったのに割り込み、明の後ろ盾を得て独占したいという目論見があったのだ(先進国である明からの輸入品に対する輸出品はたぶん銀)。それは当人の死により終了。義満の経済政策を進める権力者がいれば、日本の歴史は開かれたものになったのになあ。
本書の記述の隅から見えるもうひとつは、どうやら商業・工業の専従者がでてきたこと。これまでは共同体の分業で行われてきたのが、専業者によって行われるようになる。定期不定期な市で商品売買するのをやめて、店を構えて年中販売するものが出る(年中作るものが出る)。そうして製品が出回り、普及する。あるいは、共同体と共同体の間を行き来して、モノとカネを行き来させるものが生まれる。さらに大規模になると、運輸業(ときに陸海の盗賊団に早変わり)になる組織ができて、全国的なネットワークになる。その前提になるのは、貨幣が全国的にいきわたって、売買が貨幣を仲立ちにして行われるようになったこと。
土地と人の関係も変わる。たとえば荘園は名(みょう)の集まりで、名主(みょうしゅ、なぬし)は納税の責任者。彼らを束ねるのが守護や地頭。当初守護や地頭は中央からの派遣だったが、このころには地元に定着。名主も安定職になり、守護・地頭-名主の安定した関係ができる(名(みょう)をたくさんもっているから大名という名と職が生まれたわけね、納得)。なので名の中の庄民も統合するようになり共同事業をするようになる。でも自治(富の再分配、治安、裁判など)を行うまでには至らず、武士の権力に従っている。なるほど、日本で公的自由や自治を訓練・実践する機会は早いうちから失われていたのだ(律令制のときにはもう失われていたと思う。なので15-16世紀の宗教教団民による自治、貿易都市の長老による自治は珍しいものになる)。
この時代の武士は主人との関係はきわめてドライ。誰を主人にするかの決定は下の武士の側にあり(なので寝返り、裏切りは日常茶飯事)、主人が死ぬと家来との忠誠関係は消えて、家来だったものは新たな主人を選択できる。一族が複数の有力者に分かれるのも、一族の保全に必要なことだった。どちらかの有力者が倒れた時、降参者の所領1/2~1/3が没収されるのだが、そうしてリスクヘッジしておけば一族のどれかは存続可能。没収した所領も勝者の一族がもらい受けて、元の持ち主に返すなどということが行われていた。主人と家来の強い紐帯は、たぶん江戸時代に上から教育宣伝されたもの(17世紀初頭に殉死が流行ったのもそうか?)。
こういう具合に西国政権の政争はグダグダであっても、経済と社会階層は劇的に変化している。現在につながる日本の形はだいたいこのころに形成されたのではないか。とても重要な時代。本書に書かれた後醍醐と尊氏の政争などつまらないことで、本書にかかれなかったことのほうが重要で面白いと思う。
1920~30年代に政治が歴史に介入して南北朝の正統が皇国イデオロギーで決められた。なので、この時代の研究者が弾圧された。それがこの時代の研究を停滞させたという。たぶん今でも残っていそうな問題。日本の中世史研究が政治史ではなく、民衆史で目覚ましい成果を上げたのはそこらへんに関係あるのかも。
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〈参考エントリー:中世の武士〉