odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

永原慶二「日本の歴史10 下剋上の時代」(中公文庫) 英雄、人気者がいない15-16世紀は大変動の時代

 先に杉山博「日本の歴史11 戦国大名」(中公文庫)を読んだ。そのために前掲書のエントリーで疑問にしたことの説明がこちらにあった。読む順番をコントロールできないので(入手順に読むから)、そういうこともある。本来なら第9巻の「南北朝の動乱」を読んでからの方がよいのだけど、まだ未入手(追記。読みました)。

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 さて、この本が対象にしている1400-1500年は日本史の中ではもっとも人気のない時代。各地ばらばらに事が起こり、中央では政治そっちのけだし、歴史の転換になるメルクマールなできごとがないし。とりわけ決定的なのは「英雄」がいないこと。時代を象徴したり権力の中心に居座るような強烈な個性の持ち主や大事業の推進者がいない。そのうえ、幕府と朝廷の権力や権威が喪失していく時代であって、「国家」を中心に考えるやり方だと「衰退」の時代に見えるわけだ。でも、著者はこの時代を変化と自由の活気ある時代とみる。それはこの本と、同じころを対象にしている網野善彦「日本の歴史をよみなおす」(ちくま学芸文庫)を一緒に読めば、了解できる。
 先に堀田善衛「定家明月記私抄 正続」や「方丈記私記」などを読んでおいたので、1200年前後には、天皇と朝廷の力が衰退して、武家に権力が取って代割ったというのが見える。その伝でいうと、最初の武家権力も成立から200年ころに最盛期を迎える(1300-1400年)のだが、それを過ぎると衰退が起きてきたというのがこの時代。盤石な体制をつくったものの、権力階層が固定したまま世襲して数世代たつと、もはや権力維持の意欲も薄れて、文芸・芸能に集中して、政治と経済をおざなりにするようになる。すると、部下からさらに地方監督官から生産階級までが権力に愛想をつかし、折からの不況や不作などの危機解決能力のない権力に抵抗するようになった。そういうふうに図式化できる。

・将軍の足利家は全盛期・義満の時に全盛期。その子孫の代になると上記のような衰退した人物ばかりになる。そのうえ、このときの将軍は守護大名の神輿みたいなもので、下からの支えがないとやっていけない。もともと将軍と守護は血縁などで強い紐帯で結ばれていたが、すでにそのような関係は薄れている。なので、将軍の強い意志で政権を維持できず、守護の意向に翻弄されることになる。そのうえ、のちにみるように、幕府の収入先が次第に減少。近畿のいくつかの荘園の上りだけになり、窮乏化していった(その点のちの徳川家は直轄地をたくさんもって財政基盤は安定)。

守護大名は京都にいて、幕府との関係を強化するのが重要だった。でもこの世紀の後半になると、荘園の経営が国人や地侍など土着の武士に移り、京都にいると権力維持が困難になる。次第に京都を離れて、地元に帰る。それが京都の窮乏化と治安の不安定になっていく(残された将軍は心細い限り)。

・国人や地侍など土着の武士が権力を持つようになるのは、将軍や守護が勧農策をとらず、徴税しかしなかったこと。灌漑などのインフラ整備や水利権・土地所有の調停、治安維持や裁判など権力がやるべきことをやらなかった。なので、地元の武士や百姓@網野善彦など有力者が代行するようになる。おのずと権力が発生する。

・そういう状態なので農民も既存権力に抵抗するようになる。もともと農民と国人・地侍は主従関係にないのであって、小作が増えたのもあって、惣の自治をするようになる。さらには権力に抵抗するようにもなる。土一揆の頻発がそれ。徳政(おもには債務の消滅)を要求するようになる。

・国人や地侍は機を見ながら、守護の側についたり、農民をまとめる領主になったりして勢力維持や拡大を目指す。それが下剋上。この言葉は必ずしも下の階級が上の階級に入れ替わることではないし、個人の才覚で出世することでもない。むしろそれぞれの階層が(ある程度の)権力(ときに自治権)を持とうと、活躍していたとみるのがよい。

・重要なのは、当時の中国の政権・明が鎖国政策をして、朝廷貿易のみを行っていたこと。貿易の上りは幕府が独占(しかし貿易額は数世紀前よりも減少)。密貿易が盛んになって「倭寇」となる。海賊も横行したが、これは網野善彦「日本の歴史をよみなおす」の説明を読むこと。たんなる海の強盗集団ではない。

・さらにこの時代は世界的な異常気象(寒冷期)で飢饉が頻発した。幕府が無能なので、農民闘争が起こり、守護や国人・地侍などが活躍を開始したとみるのがよい(幕府と守護の反目が拡大したのが、応仁の乱)。

・この下剋上で、権力の移り変わりは、我々の時代からするときわめてゆっくりとしたもの。10世代くらいの時間をかけて、混沌としていき、新たな権力の期待が生まれ、徳川幕府に結実する。そこまでなんと200年。近代化(とりあえずは資本主義化と民族国家形成あたり)以降の時間の流れ方とは違うところに注意。鎌倉幕府成立から江戸幕府解体までの700年くらいを同じ土俵で比較できる。そうすると、この下剋上の時代は中央集権体制が崩れて再構成されるまでの時代といえる。鎌倉・室町と江戸の違いは、広域を統一する経済圏が未発達であること、農民抵抗の力が弱く領主階級の結束を促すほどではなかったこと、あたりにまとめられる。それが成立した100年後に、武士階級の中央集権化が進んでいく。そういう道を見ることができる。

・そのような活気ある時代であることとあわせて注目するのは、この時代に現在の生活のベースができたこと。農家の嫁取り婚、商店の店棚、砂糖醤油刺身などの料理の基本、食事回数が2回から3回に、木綿の普及、服装の簡略化、都市農村の祭り、民謡、民話など。この国の生活スタイルの伝統はだいたいこの時代に発する(まあ21世紀に失われつつあるのだが)。他にも、口承文学の最盛期(能、狂言、琵琶法師など)とか、識字が普及したとか、人の移動が活発に行われたとか、宋銭の普及と明銭の欠乏による経済活動の変化とか、自分には興味あることがたくさんある。とてもおもしろい。

 とはいえ、慣れない人名、通史はなくて地方史ばかり、素人には解読困難な古文書の数々、禅や浄土宗などの思想のわかりにくさ、など、なかなか手ごわい時代でもあって、ときにページを素っ飛ばして読みました。

 

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