odd_hatchの読書ノート

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杉山博「日本の歴史11 戦国大名」(中公文庫) 戦国大名も中国と貨幣経済の変化に無縁ではない。荘園と地頭の解体が人の垂直的移動を可能にする。

 ここでは1470年から1570年にかけての歴史がおもに大名の視点で語られる。このあとの天下統一は次の巻の主題なので、織田・豊臣・徳川の話はほとんど出てこない。かわりに、伊達政宗武田信玄上杉謙信北条早雲毛利元就などの地方大名が語られる。戦後の歴史小説大河ドラマは戦国時代をテーマにすることが多くて、このような地方の有名人まで主人公になっている。最近では、そろそろネタにつまってきたと見えて(織田信長を主人公にする小説はいったいいくつあるのだろう)、地方の無名な名君・賢将を発掘するまでになった。自分が中二病の時には、信長の勢力拡大の様子を地図帳に書き込んで悦に入ったものだが、もうそういう情熱はないので、この本や最近の歴史小説にでてくる戦国大名の個々の半生にはほとんど興味を覚えなかった。


 そのかわりに、知りたいけど知ることのできなかったことをいくつか列記。
応仁の乱の理由のひとつは、勘合符貿易の利権をえることにあったという。細川家と大内家で利権の取り合いをしたわけだが、その両家が没落したあと、貿易の主体はどこに移ったのか。どうやら地方大名のうち地の利をもつ九州大名、および堺の商人などに移ったようだ。鉄砲や茶器の輸入、その代金としての銀の流出が当時の経済の重要なことだった。では、幕府などの公権力の裏付けのない貿易は、それ以前よりも繁盛したのか、それとも停滞したのか。
・13世紀ころから宋銭が大量に輸入されて、この国の貨幣経済を支えた。その流入は、戦国時代に停まったのか、それとも通常通り行われたのか。一方で、国内の幕府や大名がそれぞれ国内銭を鋳造したようであるが、それはどの程度の信用を得たのか。まあ、国内の鋳造銭は粗悪だったので、一般決済では忌避されたらしい。一方、この国で算出する銀はどんどん流出したといわれるが、それはどのように鋳造されたものなのだろうか。
・この頃から税の支払いが銭納から物納(主に米になった)に変わった。そうした理由はいったいなにか。どうやら悪銭が流通していて、百姓(ここは網野説にあわせて、いろいろな事業を行っている人たちの意)が良銭を入手するのが困難になったのと、また大名・豪族もまた悪銭で決済するのに面倒を覚えたのだろう。で、貨幣を硬貨からコメに変えたわけだが、コメをほかの商品あるいは貨幣と交換したのはどういう組織だったのだろう。それは全国的なネットワークになっていたのだろうか。
・古代の荘園制が解体したのであるが、その理由がどうもよくわからない。中央政府から派遣される官僚が荘園を管理し徴税したのだが、その仕組に異議を唱えたのはどういう勢力なのか。あと、当時は朝廷の荘園と幕府の荘園(といっていいのかな)の2種類があった。この二重権力体制があったようなのだが、その体制が受け入れられなくなったのはなぜか。
・この国では近代以降を除くと、どうやら人間の垂直的移動(いわゆる下克上)が可能だったほぼ唯一の時期のようだ。その時代に「自由」「民主」などを実現できる機会があった。堺の自治とか、加賀の国ほかの宗教的共同体の成立など。なぜそれらは解体させられたか。なぜ封建領主たちはそれらを解体、殲滅したのか。
 自分としては、戦国大名が領地拡大策をとった理由も興味がないわけではないが(この本だと、領主-家来の関係が江戸時代みたいに観念的ではなく、実利に基づいていて、報奨をださないと裏切りや下克上はあたりまえだったからと説明している)、それよりも上記のような経済の変化に注目したい。中世にあったそれなりの貨幣経済が、江戸の初期には後戻りしているみたいで、その移り変わりが謎なのだ。この本はその疑問に応えてくれなかった、あいにく。

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