odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

臼杵陽「イスラエル」(岩波新書) この国はシオニズムを統合理念にしているわけではない

 全体主義の脅威を考えていくと、そのもとになった反ユダヤ主義にふれないわけにはいかない。反ユダヤ主義に関連するような本を読んできたが、20世紀ではユダヤ教ないしユダヤ民族国家としてのイスラエルを避けては通れない。とはいえ、断続的な報道でイスラエルのことは半世紀くらい見聞きしているが、それ以上に突っ込んだことを勉強したことはないので、2009年初出の新書を読んでみる。


 ユダヤ人は離散した民族ということになっていて、民族による統一国家をもったことはなかった。中世期からユダヤ人への偏見と差別があったが、ユダヤ人には統一志向の考えはなかったようだ。19世紀になって資本主義が隆盛して、主に金融資本で成功するユダヤ人が生まれたりして、同化するものがでてくる。なので近世から西洋史にでてくる偉人には実はユダヤ人という人がいたりした。
 しかし西洋に国民国家ができると、ユダヤ人だけの国家を持とうという市民運動が起きてくる(たとえば「探偵小説史に名を遺す「ビッグボウの怪事件」の作者イズレイル・ザングウィル)。中心はイギリスだった。西洋国家だけの運動ではなくて、実際に入植するものが出て19世紀後半からパレスチナユダヤ人入植地ができる。当時パレスチナはイギリスの植民地だったし、アラブ人やパレスチナ人との衝突が起きたときの緩衝になるという判断もあった。この後ロシア革命時にロシア系ユダヤ人が大量入植したり、ナチス政権後にドイツや東欧ユダヤ人が大量移民になるなどして、パレスチナユダヤ人人口が一気に増える。当然ユダヤ人とパレスチナ人の衝突が起きる。WW2が終了した時、パレスチナのアラブ人国家がナチスを支持していたのだがあって、ユダヤ自治領だった地域が独立を宣言して、西洋諸国が承認して、1949年にイスラエルが建国された。
 ユダヤ人国家といっても、スペイン系の集団、東欧系の集団があり、それぞれの文化は異なり、教典の解釈も異なる。そこに上記ロシア系、モロッコ系、トルコ系などのユダヤ人集団が入ってくる。かれらは出身地域の文化を継承したので、イスラエルのなかのユダヤ人そのものが多文化であった。さらに、独立した地域に住んでいたアラブ人もイスラエル国籍を持つようになったので、イスラエル人という統合されたアイデンティティを持っているわけではない。成立の経緯から周囲のパレスチナ人やイスラムとの衝突は必須であり、数々の戦争、テロ、ヘイトクライムが起きてきた。なので国家の安全保障は全員の共通了解事項である。しかしその実現にあたって、ユダヤ人国家かユダヤ教国家か民主主義国家かで国内は割れる。前者はアラブ人排斥を主張する極右である。ユダヤ教国家では、出自の異なるユダヤ人の多文化主義を目指し、民主主義国家を選ぶ者は周辺諸国との和平を望む。もともとイスラエルに入植した者は宗教的シオニズムを目指していたので、キブツのような宗教共同体で宗教生活をすることを目指した。その後、経済発展をするようになると、肌の黒いモロッコ系のユダヤ人が冷遇・差別されるなど国内格差が目立ってくる。1990年代に和平交渉が成立したが、実行されず、911以降対テロ戦争で軍事侵攻を繰り返す。そうなるのは、宗教的シオニズム社会民主主義政策をやっていた1960年代までの反動と経済発展で、大イスラエル主義が起こりユダヤ人以外の排斥を主張する極右が政権に入りこんできたため。本書の記述は2008年で終わっているが、次の10年代に極右政権ができた。
 イスラエルの問題はほかに、核保有(情報を開示しないし、過去にイラク原子力発電所を攻撃した実績がある)。アメリカとの強い関係で、米国の中東政策の先兵になっていること。
 このようにイスラエルは対外的にも対内的にも分裂した国。戦争と差別で多数の死傷者がでているので、人殺しをやめろというしかないのがもどかしい。