odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

西村京太郎「七人の証人」(講談社文庫) 全財産をはたいて無人島に事件現場を再現し、七人の証人を集め過去の事件の証人尋問をやり直す。コスパがあうのかと突っ込むのはなし。

 西村京太郎は「名探偵」シリーズをかいたように、ミステリマニアなのであって、1970年代の長編には「本格推理」を少しひねった趣向で書いたものがあるのだ。この「七人の証人」はノーマークだったが、カバー裏表紙のサマリーを見て読むことを決めた。

十津川警部は帰宅途中を襲われ、不覚にも誘拐されてしまう。彼が気付いたときには、不可思議な島にいた。島内にはある町の一角が、映画のセットのように忠実に作られていた。その島に連れてこられた十津川以外の者たちは、全員ある殺人事件の関係者だった。事件で有罪判決を受け、獄死した被告の父親が、無実を訴え続けた息子の無念を晴らすため、裁判で証言した証人七人に当時の証言を再現させると、証言の矛盾が露呈し、証人が殺される事態に。十津川は真実を見抜けるのか? 屈指の本格推理を新装版として刊行!
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-08-EK-1008234

 一年前に、場末のスナックで始めて出あった客が口論を起こす。外に出ていった中年サラリーマンを、前科持ちの若者が追いかける。手にしていたのはジャックナイフ。しばらくして中年サラリーマンが路上で刺殺され、若者が逃げ出し果物屋に入り込み、リンゴと売上金を奪って逃げた。それをマンションに住む浪人生が目撃し、カメラマンが撮影していた。裁判で若者の犯罪とされ、収監されたが病死してしまった。事件に不信をもつ若者の父が全財産をはたいて無人島に事件現場を再現し、七人の証人を集め、十津川警部の立ち合いで証人尋問のやり直しを行うことにした(誘拐拉致を短時間でどう実行したのか、行方不明者の捜索がなぜ行われないのかなど突っ込んじゃダメよ)。復讐の念に燃える父親は事件の資料を詳しく読み込み、探偵を使って証人を調べるなど、事件の生き字引となっていた。なので、父親による再尋問は細部を突っ込みまくり、ときに実験も行って、証言の正確さを崩していく。この論理的なこと。その結果、小説の半分にくるころには、単純と思われた事件の様相が一変する。できごとの単純さとそれが崩されて行く過程は、それこそ都築道夫の「退職刑事」を読んでいるよう。
 過去の事件の掘り返しと同時進行するのは、無人島に集められた見ず知らずの人たちのパニック。若者が犯人だと決めつけていたのが、自分の証言が偽証だったことが暴露されたうえに、犯人かもしれないと疑いだす。しかも刺殺現場を直接見ていた証人が次々と殺される。過去の事件のみならず現在の事件の犯人である可能性を示唆されると、証人の憎悪はこの模擬裁判を行っている父親に向かう。十津川警部という法の執行者はいるが、警察権力の後ろ盾がない状況では力を行使できず、知恵と(法を執行する)勇気だけで多人数に対峙するしかない。これはクイーン「シャム双子の謎」「帝王死す」でクイーン親子が直面した事態だ。
 という具合に、論理と合理だけで話を進め前提をひっくり返し、法の権威と探偵することの意義を考えさせられた。事件そのものは短編でもよさそうな規模だが、これだけを詰め込むには長編にする必要があった。
 文体は昭和の平均的な大衆小説のそれであるが、調書や新聞記事で事態をまとめる手法が使えないので、丁寧に書き込まねばならない。そこは好感。
 いやあ、よい作品でした(1977年刊行)。

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(ひっかかるのは、日本の探偵小説には現実にはありえない都市や建物を仮構して経済的に引き合わない事件を描く作品が多いこと。江戸川乱歩の通俗長編や小栗虫太郎黒死館殺人事件横溝正史八つ墓村」「悪魔の手毬唄」などに始まり、以後枚挙にいとまがない。これもそう。「ウナギの寝床」ていどの居住環境しか手に入れられない日本人からすると、そういう場所はユートピアにみえるのかしら。ありえない場所にリアリズムのある事件やトリックを持ち込もうとすると齟齬が出てくる。そういうのを日本型ミステリといっていいのかしら。)

岡嶋二人「そして扉が閉ざされた」(講談社文庫)

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