odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

ウィリアム・シェイクスピア「アントニーとクレオパトラ」(新潮文庫) 四大悲劇のテーマが同時に展開する雄渾無比な一大史劇大作。

 シェイクスピア畢生の大作。すでに四大悲劇を書き終えたシェイクスピアの筆は雄渾、無駄な一字もない。驚くほど多数のキャラを縦横に動かし語らせ、ジュリアス・シーザー亡き後のローマンの混乱を余すところなく描き、運命に逆らうことはできず、英雄たちも運の命じるままに没落を迎えるのである。台詞からキャラクターの真実性が浮かび上がり、端役においてもわずかな数語で性格を想像することが可能。素早い場面転換でも、観客(読者)は筋を見失うことはない。技術は円熟の極み。

 物語は、ウィリアム・シェイクスピアジュリアス・シーザー」(新潮文庫)の直後。暴君ジュリアスを葬ったが、執政官たちは次のリーダーを決めることができない。まずはポンペイが反乱を起こしたのであり、執政官のうちオクテイヴィアス・シーザーと老人レピダスが手を組む。そのときにエジプトに派遣されているアントニーとどちらが同盟を組むかで帰趨が決まると思われた。エジプトの女王クレオパトラを妾にして、外に出てこようとしないアントニーにシーザーとレピダスはシーザーの姉オクテイヴィアとめとらせることにして同盟を結んだ。首尾よくポンペイを倒したのち、クレオパトラの嫉妬と癇に触れたアントニーは新妻をローマに帰らせ、シザーの逆鱗に触れる。すでにレピダスは粛清されたので、ローマの覇権はシーザーとアントニーで決することになる。なぜか海戦にこだわるアントニーは大敗を喫する。シーザーは傾城の美女クレオパトラを要求するが、アントニーは拒否。得意の陸戦にかけ、一時は勝利したものの、次の戦いで大敗する。クレオパトラが裏切り死んだという誤報を聞いたアントニーは絶望して自害。アレクサンドリアに入城したシーザーはクレオパトラに悪いようにはしないといったものの、ローマの見世物になることを肯んじえないクレオパトラアントニーの後を追うことを躊躇しない。そしてここにローマの内戦は終わりを告げたのであった。
 まこと、「項羽と劉邦」か三国志演義かのような、最近作でいえば「銀河英雄伝説」のごとき勇壮にして巨大な国盗り物語が差し出されていた。のちにハリウッドが大作映画(上映時間約3時間)を制作したのもむべなるかな。覇権争いはおもにオクテイヴィアス・シーザーとマーク・アントニーの間で行われるのであるが、老齢のために日和見であるレピダスも、フライングして即座に倒されるポンペイも、シェイクスピアの時代思潮であるマキャベリ流の権謀術策を弄し、シーザーやアントニーとの差異はほとんど見られない。彼らの分析も面白そうであるが、やはりメーナスとエノバーバスの存在に注目するべきであろう。機を見るに敏なる聡明な男であり、反乱を起こしたのちに協定を申しだされたポンペイにメーナスはこうささやくのだ。「世界を三分割する男がそろっている」「世界を手に取れ」と。そそのかしに乗らないのを知ると二人は没落するポンペイを捨て、アントニーのもとに走る。今度はアントニーが敗色濃厚になると、再びシーザーのもとに走ろうとする。いったい「アントニークレオパトラ」のテーマのひとつは裏切りであり、功利主義の権化のような男たちが裏切りを実行したり、「裏切り」の幻影に翻弄されたりするのである。多くが信義や情実で縛られている時代に、世間による縛りや掟を軽々と超えるこれらのキャラには近代の自我を見出すことができそうだ。
(ことに裏切りを繰り返したのち己を恥じて自害するエノバーバスは、頭が良いのにもかかわらず常に負けるほうにつくE・R・エディスン「ウロボロス」(創元推理文庫)のグロを想起した。いや、エディスンはグロのキャラをここからとったに違いない。)
 もう一人の注目するキャラは、嫉妬と不信の塊であり自尊心と劣等感を大きく持つクレオパトラ。西暦が始まったころは差別意識はうすかったとしても、ローマの人々はエジプト人を蔑視する傾向がある。そこに高貴な女性はしとやかで貞節であるべきという男性視線が加わるので、この自尊心が強く感情をちゅうちょなく発露する女性は好意的には描かれない。なるほど、クレオパトラのような女性が自分の感情を優先していたのであるが、それが国を滅ぼしエジプトの民を苦境に陥らせたというのは過度な判断だろう。ローマが平安であれば、エジプトに派遣された執政官が現地の女性をめとるのはあたりまえなはずであったのだ。あくまでントニーというローマの一級市民を滅亡させたのは傾城の女性にあると決めつけるシェイクスピア当時の偏見の現れであるだろう。
シェイクスピアの劇作品でみると、女性は控えめでつつましいのがたいてい。女優が禁止されていたので、技量に乏しい少年を女役にしていたためだろう。ここでは主役を食うほどの重要な役になる。過去を思い返すと、「ヴェニスの商人」のポーシャか「ロミオとジュリエット」のタイトルロールか「お気に召すまま」のロザリンドかくらいしかいない。)
 この大作はシェイクスピアの四大悲劇の集大成の観もある。「ハムレット」「オセロウ」「リア王」「マクベス」に登場する主人公や敵役のキャラがシーザーやアントニーにも投影されている。さまざまな場面で、四大悲劇の該当しそうなシーンを思い出すことになる。あいにくこの一作が四大悲劇の代わりになるかというとそういうことはなく、過去作で深堀された問題や苦悩はここでは披露されるにとどまった。