odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

ウィリアム・シェイクスピア「ロミオとジュリエット」(新潮文庫) 恋愛の感情を持った時から、恋人同士の主導権は女性がもつ。親や大人が介入しなかったから起きた悲劇。

 イタリア・ヴェロナの町(いまは野外オペラで有名かな)に、相違いしているモンタギュー家とキャピュレット家がある。両家の子息は召使や従者を従えて街を練り歩き、仇敵を見つければからかい、喧嘩をする。あるとき、モンタギュー家の跡取りロミオ(15歳くらいか)は、キャピュレット家の舞踏会の招待状を見てしまう(文盲の従者がロミオに読んでもらったのだ)。舞踏会に忍び込んだロミオはキャピュレット家の令嬢ジュリエット(14歳)を見出す。ふたりは一目ぼれ。即座に僧ロレンスのもとで結婚式を挙げる。その日、従者どもの喧嘩は刀を出すに至る。従者を殺されたロミオはジュリエットの甥を刺し殺す。激情した両家は太守にねじ込み、ロミオを追放、ジュリエットを青年貴族に結婚させることになる。僧ロレンスはジュリエットに72時間もつ眠り薬を与え(ロレンスは薬草を栽培する技術をもっている)、葬儀をしている間にロミオと駆け落ちさせる策略を与える。この先は書かなくてもいいや。

 ジュリエットが14歳というのは、変声期前の少年俳優が演じたため(達者な少年がいたものだ)と思うが、なんと若いこと。これは近代の感覚であって、日本でも15歳で元服した武士が即座に結婚していたのだから、当時はありえたことなのだ。そして恋愛の感情を持った時から、恋人同士では主導権は女性がもつ。様々な抑圧が女性にあったと想像されるが、恋愛という感情で家族から解放されたときに、新しい関係を作る力は女性のほうにあるのだな、と感心した。結婚を申し込むのはジュリエットから(なので、ジュリエットを最初のフェミニストとする評論があるそう)。「ロミオとジュリエット」はシェイクスピアの創作ではなく、中世からの古伝説のようであるし、シェイクスピアの同時代にも同じ題材の劇が上演されていたという。そうすると同じような古伝説の悲恋である「トリスタンとイゾルデ」を俺は思い出すのであり、そちらにおいても恋愛の主導権をとるのはイゾルデであり(ワーグナー版ではジュリエットと同じ14歳)、ためらいなく先に秘薬や媚薬を飲み干すのは女性なのであった。

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 このできごとが悲劇となるのは、人知を超えた意思や人間界の悪人がいないため。たまたまロミオがキャピュレット家の招待状を読んでしまった、たまたまロミオとジュリエットが出会った、たまたま血気盛んな若者の喧嘩に剣が持ち込まれた、たまたまジュリエットの夫になれる青年がいた、たまたま僧ロレンスの手紙がロミオに届かなかった(*1)、このような偶然の重なりがロミオとジュリエットを苦境に追い込んでいく。若者ゆえの短慮がダメな判断・決断になり、さらに他者に危害を加えていく。結果だけしか知ることができなかった周囲の者に二人の死に責任をもとめることはできず、仮に不幸の原因を探るならば、対立する高貴な家の旧弊なしきたりくらいだろう。それとても、終幕で償いを表明しているとなれば、どこにもコブシをふりあげられず、幼い子供らの死に涙を流すくらいしかできない。20世紀に翻案された「ウェスト・サイド・ストーリー」にも思ったことだが、この悲劇には大人が介入して彼らを守ることがなかった(今でも義務教育・中等教育中の生徒で妊娠・出産があるのだが、そのときには彼らに介入して保護する仕組みが必要。日本では21世紀でも、なぜか出産した女学生が退学させられ、男や親や学校が責任をとらされることなく決着させられる。理不尽)。
 シェイクスピアの初期の作(1595 - 96年初演)。タイトルロール以外に個性的な人物はいない(近世の作品に求めても仕方がない)くらいしか欠点が見当たらない。見事。バルコニーの高見での愛の語らいが、地下の納骨堂での死へのいざないとなるという舞台の移動とシチュエーションが一致する作劇法もよい。
(主筋の合間には、従者や召使ら「しもじも」の連中が出て無駄話をする。そこには地口やしゃれ、諺や俗謡の改作など言葉遊びがふんだん。これらが観客の緊張をほぐすために挿入される(あわせて主役たちの衣装替えや息抜きの時間になる)。中野好夫の注では言葉遊びが原語付きで詳しく紹介される。なるほど、これは翻訳は困難。)

 

      

     

 

 「ロミオとジュリエット」は19世紀以降のクラシック作曲家がよく取り上げた。ベルリオーズ、グノー、チャイコフスキープロコフィエフの作品が有名。ほかにもありそう。
 自分は読んでいる間、16-17世紀のイギリス作曲家(ダウランドパーセルジョン・ブル、モーリー、ローズなど)の歌曲を聞いていました。

*1:当時ロンドンがペストのパンデミック下にあって、ロレンスが立ち寄った屋敷で患者が出たために、市が外から出入り口を釘付けし、強制的に屋敷が封鎖されたのだ。「ロミオとジュリエット」初演1595年の前年1594年にロンドンでペストが流行したことの反映。初演を見た人は自分ごとに思ったろうね。