2023/12/21 ウィリアム・シェイクスピア「夏の夜の夢」(新潮文庫)-1 夏の夜は、普段目に見えない妖精が姿を現し、普段の人間界の秩序が壊されて、一時だけヒエラルキーが逆転する。 1596年の続き
アテネの老人イジアスには娘ハーミアがいる。彼女にはライサンダーとデメトリアスの二人が求婚。デメトリアスにはヘレナという恋人がいたが、ハーミアをみて乗り換えた。ライサンダーは昔からのハーミアの恋人で、ハーミアはライサンダーと結婚したい。でも、妖精パックの塗った塗り薬(惚れ薬)のおかげで、ライサンダーはヘレナに惚れる。ヘレナは困惑。デメトリアスはますますハーミアに熱を上げ、ハーミアは別の娘に求婚するライサンダーに怒る。ここでは女性の反応に注目。おしとやかなハーミアはライサンダーをさんざんになじる。それもとても語彙豊富な悪口雑言。たぶん庶民の口調に近い。貴族の娘が庶民に変貌するのがわらいどころ。ヘレナは思いがけないライサンダーの求愛に困惑して、これは「ドッキリ(とは訳していない)」なんでしょ、あたしを笑いものにするためにしくでいるのでしょ、と泣き出す。そしてデメトリアスとライサンダーに怒り、ハーミアをグルだと決めつける。これもおしとやかな上流階級にはふさわしくない言動。
シェイクスピアのころは女性俳優がいないので女性役は変声期前の少年が演じていた。ミドルティーンの少年がこういう感情を演技するのは難しいだろうが、うまい俳優がいたのだろう。いくつかのシェイクスピアの戯曲を読んでみて、ここまで感情表出の激しい女性キャラはめずらしい。とくに四大悲劇を思い起こすとことに。「ハムレット」のオフェーリアも、「オテロ」のデズデモナも許嫁の心変わりに直面したキャラクター。彼女らはこの変化に対して、当惑し、自分が誤っているのではないかと相手に謝罪や懇願をする。これは上流階級の婦人たちの一般的な反応。(ほぼ同時期の「ロミオとジュリエット」では、理不尽な要求にさらされたジュリエットは嘆きもするが、自分で事態打開のために動き出す。能動的な女性像は、本作の二人の女性に共通。そのあたりも中野好夫が本作と「ロミオとジュリエット」を対の作とみる理由かしら。)
この戯曲で全体状況を把握しているのは妖精の王オーベロンだけ。でも彼は女王タイタニアと距離を取ろうという自分の欲望を優先しているので、状況になかなか介入しない。自分が種をまいても、勝手に転がって広まっていくのを傍観してしまう。信頼できない妖精パックに一任してあとは放置。そういうのが、中世の王権で、中世人の心情なのだろうか。シェイクスピアの150年後にホーレス・ウォルポール「オトラントの城」(国書刊行会)がでるのだが、悲劇の中心人物であるオトラント公マンフレッドは理不尽なことがおきても受け身にならず、傍観者にならず、運命や不条理に戦いを挑む。結末がわかっていても抗い身を立てようとするのは近世の心情なのだろう。
入手しやすいから福田恒存訳でよんでいるが、武家言葉に漢語多用の訳は喜劇にはあわないな。1600年前後の古典ではあるが、これは講談本や落語の速記本のような気やすい読み物だったと思うのだが。
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「夏の夜の夢」はクラシック音楽でもときどき取り上げらる。有名なのは、メンデルスゾーンとブリテン。ほかにもありそう。このコメディの伴奏にするには、どちらも重いし遅いと思うのだが、それは俺が20世紀後半以後に生きているからだろう。むしろ、初演から100年くらいたったころのパーセルの歌劇「妖精の女王」のほうがよいか。