odd_hatchの読書ノート

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ウィリアム・シェイクスピア「じゃじゃ馬ならし」(新潮文庫) 暴力で女性を従順にするのは21世紀にはふさわしくないなあ。「空騒ぎ」のほうがよい。

 シェイクスピアの若書きとされている喜劇。成立年は解説を読んでもはっきりしないが(資料不足による)、1593年か1594年とされる。タイトル「The Taming Of The Shrew」を「じゃじゃ馬ならし」としたのは坪内逍遥かなあ。口の悪い若い女性を「じゃじゃ馬」とするのは大日本帝国時代の意識で居心地はよくないが、慣習のために現在の最新訳(ちくま文庫)もこのタイトルがついている。


 金持ちバプティスタには、口が悪い姉カタリーナとしとやかな妹ビアンカがいる。父は多額の持参金をつけようといっている。妹に求婚するものがいるが、父はカテリーナが結婚しないうちは妹の結婚も許さない。カテリーナの毒舌に圧倒されていまだに婚約するものがいない。そこにルーセンショーとペトルーキオーという若者が現れる。妹ビアンカに家庭教師をつけようとしているので、彼らはそれぞれ家庭教師になってビアンカに接近しようとした。
 そこにおいてルーセンショーは持参金のほかに広大な土地がついてくることをしり、カテリーナと強引に結婚してしまう。式もそこそこに領地に連れていく際、ルーセンショーはこれまでの豪壮な暮らしをさせず、カテリーナにつらくあたる。その「調教」によって、領地につく頃には(徒歩と馬車なので時間がかかる)、カテリーナはすっかりルーセンショ―の言いなりになっていた。(この間、ルーセンショ―と従者トラニオーが入れ替わるという筋がある)。
 一方、ペトルーキオーはビアンカと恋が進み、結婚式を挙げることになる。ルーセンショ―も来て、自分の妻も貞淑なことを自慢する。父バプティスタはカテリーナが変わったことを信じないので、多額の金をビアンカにかけることにした。登場したカテリーナ、かつての毒舌は鳴りを潜めたどころか、まさに淑女の鑑。みごとに父の鼻を明かし、衆人を驚かせたのであった。めでたしめでたし。
 という気分は16~17世紀のものではあるが、21世紀になると受け入れがたい。カテリーナは淑女になったというより、暴力によって従順にさせられ、男のモラルを内面化しているから。こういう批評はおおいのではないかな。マナーを知らない自然な娘が男の教育によって淑女になるという物語は、このあとたくさん作られたが(「メリー・ポピンズ」とか「サウンド・オブ・ミュージック」とか)、男の暴力性は控えめにされているからね。それにルーセンショーも愛情よりも金の打算が強いようで、この先暴力と共依存のよくない家庭ができそう。21世紀に喜劇とするのはむずかしい。
 冒頭には、酔いつぶれた鋳掛屋を領主が自宅に連れ帰り、貴族であると勘違いさせて笑いものにしようという序劇がついている。この悪ふざけもそういえば、チャップリンの喜劇にあった(「街の灯」)。この趣向は忘れられるが(第1幕の終わりにちょっと登場するだけ)、貧乏人を笑いものにするのもちょっと。
 ここではルーセンショ―とカテリーナ、ペトルーキオーとビアンカという二組のカップルしかでてこない。このあとになると、カップルの数が増え、他の筋の入るようになって、劇の構造は複雑になる。主人と従者の入れ替わりというギャグもここでは描くのが不十分。
 シェイクスピアの作品ではよく名がでてくるものだが、「空騒ぎ」のほうがよい。福田恒存の訳も硬くて喜劇にはふさわしくない。

 

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