odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

小林信彦「日本の喜劇人」(新潮文庫) 1930-1970年代の日本の喜劇役者を言葉で記録する試み。アメリカの喜劇役者と比較するのでとても辛口。

 自分の持っているCDに川上音二郎一座の録音がある。これは、パリに巡業に出た川上一座の演目を高座のあいまをみて収録したもの。録音された年はなんと1900年。なにしろ明治の終わりの日本人が喋り、歌うのが聞けるという点で貴重きわまりない(SPはミント状態だったので、奇跡的とおもえるほどに良い音を聞ける)。口調やイントネーションには、そんなに変わっていないとずいぶん変わってしまったというのが両方あっておもしろい。たぶん自分は関東出身で、川上一座の役者たちと同系の言葉を使っているからそう思うのだろう。
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 寄席、喜劇は録音にしろ映像にしろほとんど残っていない。戦前の映画は興業が終わったらフィルムは捨てられるものだったし(何しろ可燃性で保存するには気を付けないといけないし)、喜劇人やコメディアンは寄席、高座、今風だとライブにかける人だったので、映画はある意味出がらしみたいなもの。面白さの半分も残せない。
 というわけで、作者は1930-1970年代の日本の喜劇役者を言葉で保存しようとする。学生のころの1950年ころから浅草、新宿の寄せ、高座、ストリップ劇場に通い、名だたる喜劇人をライブで見ていて、長じては雑誌記者として芸能記事を書き、コントの作者にもなったという経歴の持ち主(さらに長じては人気風俗作家になった)。 取り上げられたのは、古川緑波榎本健一森繁久弥トニー谷フランキー堺脱線トリオクレージー・キャッツ渥美清小沢昭一てなもんや三度笠てんぷくトリオコント55号由利徹藤山寛美などという面々。著者と同世代であるとか、比較対象がアメリカの喜劇役者であるとかで、どうにも辛口。著者の批判は、1.多忙になると芸を磨くことをおろそかに、2.性格俳優になりたがり、過去の経歴を卑下したがる、3.型にはまった演技になる、あたりか。それに加えて、奇人、変人、非常識人、自己主張が強い、あくが強いとかで、個人的に知り合いになってひどい目にあったというのが書かれる。
 批評が当を得ているかどうかはわからない。なにしろ自分の年齢であっても、1970年代までの喜劇役者の記憶はほとんどないし、物故者にいたっては映像すら見たことがない。それに、自分はここに挙げられた喜劇役者が好みではないというのもある。まあ、時代の記録がないので、貴重であるといえるでしょう。
 ちょっと脱線して自分の記憶を書いておく。「大正テレビ寄席」という番組があって、あるときトランポリンの妙技をみせる一座が出演した。おにいさん、おねえさんが妙技を見せた。そのあと、客席から「はじめてトランポリンに挑戦する素人」があがった。まずステップをちゃんと登れない、トランポリンのばねの隙間に足を踏み入れてずっこける、ジャンプするとバランスを失ってこけてしまう、あげくのはてにはトランポリンから飛び出して客席におっこちてしまう。その5分間ほど自分と家族は笑い転げた。あとで何かを読んだら(竹中労の本だったと思う)、普段は裏方だが、気の向いた時にだけ「はじめてトランポリンに挑戦する素人」を演じる芸人がいると知った。彼が登場すると、劇場関係者は全員袖に集まって、笑い転げたそうだ。自分の見たのは、その無名の、それしか芸のない芸人の姿だったかもしれない。動画を探してもそれらしいのはなかった。

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