odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

柳広司「百万のマルコ」(集英社文庫) 「2分間ミステリー」と枠物語が反転する快感。

 イタロ・カルヴィーノ「マルコ・ポーロの見えない都市」(河出書房新社)の語り手がヴェネチアの牢に入っていると思いなせえ。そこには身代金を払えずに期限のない収容に退屈しているものらがいる。ある時、最も汚いぼろを着たマルコが不思議な話をする。それはとうてい常識では解決できないような謎を、マルコが鮮やかに解いていく物語であった。あいにく謎解きをマルコは話さないので、他の聞き手は回答を考え、しかし外れていると討論し、ついにギブアップしたところでマルコはおもむろに口を開くのである。
 解説者はこの形式をアシモフの「黒後家蜘蛛の会」にたとえるのであるが、それは誤り。謎の語り手と探偵は別のものであるから。それをいうなら、「ユニオン・クラブ奇談」をあげなければならない。

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あいにく35年前に出て、さほど評判にもならずに品切れになったアシモフの短編集を覚えているものは少ないだろう。あと、チェスタトンの「ポンド氏の逆説」も挙げるべきであった。

百万のマルコ ・・・ 本格ミステリ作家クラブ編「論理学園事件帳」(講談社文庫)
賭博に負けなし ・・・ 大フビライ・ハーンと重い車を引く馬のレースで賭けをすることになった。多頭引きの三番勝負。足の速い馬はすべて大ハーンの持ち物。どうやって賭けにかったか。

半分の半分 ・・・ 誇り高い王に拝謁するにはある姿勢で跪拝しないといけないが、謁見の使節の国では屈従を意味する姿勢だった。王を侮辱するものは殺され、屈従すると背後の者に殺される。異邦人マルコはどうしたか。タヴィアーニ兄弟監督の映画「グッドモーニング・バビロン」のワンシーンを思い出した。

色は匂へど ・・・ 常闇の国は日本のかなカナを使っている。寒く暗いので色は白と黒しかない。マルコは一夜の宿を借りようとしtが、常闇の国の王は前の使節が「闇の扉」を開けたので、貸すことはできないと断る。マルコはいかなる解決策を提案したか。

能弁な猿 ・・・ 先王が亡くなり、「次の王に託す言葉を猿に残した。猿からその言葉を聞き出したものを次の王とする」と言い残した。マルコは第三の子にアドバイスを伝える。猿はしゃべらないし、人は聞けない。

山の老人 ・・・ アサシン(暗殺団)を統括する山の老人に捕らえられたマルコは、正しいことをいえば一思いに殺し、間違ったことを言えば一寸刻みに殺すといわれた。マルコは何と答えたか。自己言及の自己矛盾。

真を告げるものは ・・・ その国の一番の細密画を描く画家とそん色ない絵を描かなければ命をうしなう。その賭けにマルコは三日三晩かけてどうしたか。マルコは人と馬の区別がつかないような絵の書き手。

掟 ・・・ 強い火酒を運ぶ一行は遭難寸前のところで砂漠の民に救われる。砂漠の民は革袋の液体を要求したが、酒を飲んではならないという掟がある。破ったものは殺される。マルコはどうしたか。

千里の道も ・・・ 占い師バクシーは神託を事前にあてることができた。インチキをしていると思った大ハーンはマルコに出し抜く手を考えさせる。マルコは数日の野外作業のあと、バクシーの占いを出し抜くことができた。

雲の南 ・・・ その国に使者で送られたものは一人も帰ってこない。毒殺されたようだ。マルコが行くと、歓待の席で王は白い饅頭には餡が赤い饅頭には毒があるのでどれかを選べと赤い饅頭二つを前に出した。マルコは謎を解かずに逃亡する。

輝く月の王女 ・・・ 輝く月の王女と結婚するには相撲によく似たルールの競技に勝たなければならない。大ハーンの孫が挑んで負けたので、マルコは「王女の鼻づらをひっつかんで思うように引き回して見せる」といった。

ナヤンの乱 ・・・ 難攻不落の城に籠城している。一晩で陥落した若きフビライのたった一つの冴えたやり方。つかったのは、半円状の椀、糸、糸車、数本の棒。

一番遠くの景色 ・・・ 少年マルコが一緒に旅に出たいを懇願すると、父と叔父はタタールの星見の筒で見られる「一番遠くの景色」とは何かと尋ねる。もう一つの回答は、マルコが生まれたヴェネチア

騙りは牢を破る ・・・ マルコがヴェネチアの牢に捕えられた理由。汚いぼろを着たマルコが莫大な財宝を持っている理由。いつでも牢の外に出ていける理由。最後にマルコの語り=騙りは牢の退屈を癒すだけでなく、牢を破る手段になる。

 

 文庫で数ページに書かれた謎は、ドナルド・J・ソボル「2分間ミステリー」(ハヤカワ文庫)と同じく、設問に対するキーになることばを見つけることが大事。その手掛かりがわからないように、いつになく濃密な文体にしている。あと、ここに出てくる謎のいくつかは記号論理学でとけるパズルによくでてくるものににている。一読不可能な状態であるようなあっても、論理的な抜け道があるのだ。その抜け道はときに設問の前提になっている読者の思い込みや偏見を壊さないと出てこない。解決を見た時に感じるのは、やられたという屈辱ではなく、そうだったのかという爽快感。自分の頭が少し良くなったような気分になるからね。
 ダグラス・ホフスタッター「ゲーデルエッシャー・バッハ」(白楊社)の圧縮・エンタメ版を読んだような気分になりました。
 マルコの話の前には、牢に入れられた5人の漫才が書かれる。そこにも問題があって(たとえば一つのパンを誰からも苦情がでないように二つに分けるにはどうするか)、それはマルコの語り=謎にも関係している。本筋のマルコの語りの外にある枠物語も短編連作が進むにつれて、ゆっくりと進行している。そして最後の短編では本筋と枠の関係が逆転する。とてもおもしろいしかけ。最後に牢から出ていく際に支払った身代金の一部はリアルの読者が本を購入した代金も含まれているはず。こうして小説世界と読者の壁を壊す試みも面白かった。
2016/11/22 エラリー・クイーン「エジプト十字架の謎」(創元推理文庫) 1932年

 


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